精神科医ですがわりと人間が苦手です
| 著者 | 香山 リカ・著 |
|---|---|
| ジャンル | 生き方エッセイ ・メディカルエッセイ |
| 出版年月日 | 2008-03-18 |
| ISBN | 9784479781804 |
| 判型 | 4-6・ 184ページ |
| 定価 | 本体 1300円 + 税 |
精神科医20年超。今なら言えるダメ新人時代、患者さんとの回顧録、そして現代日本の病について。毎日新聞の好評連載を書籍化。
1章 精神科へようこそ
2章 愉快でフシギな患者さん
3章 いまどきのニッポンの病
4章 おちこぼれ新人時代
5章 それでもまだ日陰の身
2章 愉快でフシギな患者さん
3章 いまどきのニッポンの病
4章 おちこぼれ新人時代
5章 それでもまだ日陰の身
私が精神科医になって今年で二〇年目。ハタチの学生たちとテレビゲームの攻略法について夢中で話していたら、なぜか年齢の話になり、ひとりがふと「私が生まれたときには先生はもう精神科医だったわけかぁ」とつぶやいた。こちらとしては「気分は同世代」のつもりでも、やはり生きてきた年数も経験もずいぶん違う。
「精神科医を二〇年! たいへんだったでしょう!」
こう言われることもあるが、実はそれほど苦労した覚えもない。
もちろん、うつ治療中の患者さんが自ら命を絶ったり、不登校の子どもの親から「子どものいない先生には私どもの気持ちがわからないんです!」と非難されたりして、ひどく落ち込んだこともあった。興奮の症状が強い患者さんに殴りかかられ危機一髪、ということもあった。
でも、全体としては“ツライ仕事”という印象はない。九時までに病院に出勤するのは今も苦手だが、診療が始まってしまうとあっという間に時間がたつ。目の前にやって来る患者さんたちが、平凡で単純な私にはとても経験できないような人生の話や複雑な胸のウチを語ってくれるからだ。
よく「精神科医になるには繊細な心が必要なんでしょう?」と言われるが、私はそうは思わない。繊細だと患者さんたちの話が理解できすぎて、医者もしんどければ患者さんのほうも気を使うのではないか。私のように少々鈍感で「へー、そんなこともあるんですか」と思えるくらいのほうがお互い気楽なのだ。
そもそも精神科医になったのはまったくの成り行きだった。「人間相手の仕事は向いていない」と思い、理学部に行きたかったのだが大学入試に失敗。なんとか滑り込んだ私大医学部にもなかなか適応できなかった。
「人間が苦手」に加えて、医者として不可欠な敏しょう性に欠けていた。一度は医者になるのはやめようと思ったが、ほかにできそうな仕事もない。困り果てていたときに精神科の実習に行った私は「これだ!」と思った。
精神科医は、敏しょう性より辛抱強さが必要とされることがわかったのだ。しかも、精神科診察室に来る患者さんたちは心やさしく、不思議なことに「人間が苦手」な私も彼らとなら自然に話せる。そういうわけで私は、駆け込み寺に駆け込む思いで精神科医になった。
その後の診察室の中の話は、患者さんと私の秘密なので詳細には語れない。とはいえ、その一部なら許されるだろう。二〇年目の回顧録、これから少しずつ語ってみたい。
「精神科医を二〇年! たいへんだったでしょう!」
こう言われることもあるが、実はそれほど苦労した覚えもない。
もちろん、うつ治療中の患者さんが自ら命を絶ったり、不登校の子どもの親から「子どものいない先生には私どもの気持ちがわからないんです!」と非難されたりして、ひどく落ち込んだこともあった。興奮の症状が強い患者さんに殴りかかられ危機一髪、ということもあった。
でも、全体としては“ツライ仕事”という印象はない。九時までに病院に出勤するのは今も苦手だが、診療が始まってしまうとあっという間に時間がたつ。目の前にやって来る患者さんたちが、平凡で単純な私にはとても経験できないような人生の話や複雑な胸のウチを語ってくれるからだ。
よく「精神科医になるには繊細な心が必要なんでしょう?」と言われるが、私はそうは思わない。繊細だと患者さんたちの話が理解できすぎて、医者もしんどければ患者さんのほうも気を使うのではないか。私のように少々鈍感で「へー、そんなこともあるんですか」と思えるくらいのほうがお互い気楽なのだ。
そもそも精神科医になったのはまったくの成り行きだった。「人間相手の仕事は向いていない」と思い、理学部に行きたかったのだが大学入試に失敗。なんとか滑り込んだ私大医学部にもなかなか適応できなかった。
「人間が苦手」に加えて、医者として不可欠な敏しょう性に欠けていた。一度は医者になるのはやめようと思ったが、ほかにできそうな仕事もない。困り果てていたときに精神科の実習に行った私は「これだ!」と思った。
精神科医は、敏しょう性より辛抱強さが必要とされることがわかったのだ。しかも、精神科診察室に来る患者さんたちは心やさしく、不思議なことに「人間が苦手」な私も彼らとなら自然に話せる。そういうわけで私は、駆け込み寺に駆け込む思いで精神科医になった。
その後の診察室の中の話は、患者さんと私の秘密なので詳細には語れない。とはいえ、その一部なら許されるだろう。二〇年目の回顧録、これから少しずつ語ってみたい。