03鏡、捨てたい!

30歳を過ぎてから、私は老化について、顔のことばっかり気にしていた。とにかく老けるのは顔だと思っていたし、35歳を過ぎたあたりから、化粧品のカウンターでアンケートに出される、「お肌の気になる点にチェックを入れてください」という項目で「美白、肌のたるみ、シワ、毛穴、くすみ」のすべてに片っ端からチェックを入れるはめになった。「なんでもいいから全部に効くやつがあればくれ」。たぶんみんなそう思ってる。

まぁ、顔の老化は予想もしていたから、そこまで急にショックを受けることはない。目尻のシワなんて予想通りだし、ほうれい線もまぁこんなもんだろう。しかし、実際、顔以上にくるのが髪と身体である。

髪のことなんて、若い頃は気にしたこともなかった。くせがあるとか髪の毛の量が多いとか悩んだことはあっても、まさかこんなにコシがなくなり、白髪が出てきてしょっちゅう染めなきゃいけなくなり、バッサバサにパサついてくるなんて! 顔のことは考えていたから、どういうクリームがいいとか美容液がすごいとか、いざとなったらボトックスがあるとか知ってはいたが、髪のことはまったく考えていなかったので、どこの何がどう効くのか最初はさっぱりわからなかった。頭部を立体的に見れば3/5ぐらいの面積は髪なので、髪の印象はけっこう重要なのだ。サイン会などで人前で頭を下げて文字を書くとき、私の思うことはひとつ「分け目のところにある伸びかけの白髪をどうか見つけないでください」である。染めたてでも、染めたところだけ微妙に茶色く光ったりして、わかるのだ。あれが、気になってしょうがない。

メガネ

そして、もうひとつ、すっかり忘れていたのが身体のことだった。太りやすくなるというのは聞いてはいたけれど、特に何もしなくてもそんなに太らなかった20代から、30代になると今度は、特に何もしなくても年に1キロ、2キロとじわじわ体重が増え始め、37、8になる頃には、平気で7、8キロ増えている。

まず、服が入らなくなる。これまで、伊勢丹やルミネに置いてある服はすんなり着れたのに、腰回りが入らないとかジッパーが上がらないとかいうことが起き始める。ヤングのサイズとは違うというメッセージを身体が発してくる。もちろん無理矢理着ても、ボディラインはごまかせない。

服がこうなるということは、もちろん下着方面にも問題はやってくる。増えてほしいカップ数ではなく、アンダーバストがなんかきつい。ストラップレスブラを一日つけていると、肌が擦れて傷になっていたりし始める。そして、気の効いた店の試着室についている三面鏡で背中側の鏡なんかを見てしまうと、ブラの上に背中の肉が乗っている。お腹が出るだけでもつらいのに、まさか背中までとは……。加齢とはかくも容赦のないものなのか、という気分である。

下着

ハリウッド女優のようにビシッとトレーニングしてきれいに腹筋を割るべきなのか、家でできる簡単な筋トレを取り入れてダイエットに励むべきなのか……そんなことも頭をよぎるが、このトシになればそんなもの一通り全部経験及び挫折済みで、ジムはおろかホットヨガもフラメンコもバレエも、痩せそうな運動は一通り通って通り過ぎているのだ。ジュースクレンズも断食道場もだいたいやってる。もう一度やる勇気をひっぱり出せないこともないが、運動は「ここまでやればOK」という地点がない。やめればまた太るだろう。死ぬまでやらなきゃいけないのかと思うと、たとえ1日たった10分の筋トレですよ~と言われても、重い。それを何年やらなきゃいけないんですか!? と思う。

服を着るよりもっと問題なのは、裸になる場合である。もう、これはごまかしようがない。昔、投稿雑誌で取材をしていた頃、投稿写真を撮っている人に「いつも18歳から20歳までの女性を撮られてますが、その年代の女性がお好きなんですか?」と訊いたところ、「それ以上の年齢だと、肌の質感がもう駄目なんです。ハリが違うんですよ、ハリが」とまるで虫を見るような目つきで見られたことがある。

確かに肌も変わる。肉質も変わって、柔らかくなる。自分では、それは決して悪い変化だとは思わなかったけれど、果たしてこれが男心をそそる変化なのかどうか、そこには1ミリも自信がなかった。

シャツ

セクシーな服が入らない。セクシーなランジェリーも似合わない。これで、いったいどうしろというのか。顔の老化なんて、思えばまだまだ、たいしたことではなかった。「急にこれまで似合ってた服が、顔がくすんで似合わなくなる瞬間が来る」なんて話も聞いたことはあったけど、そういう瞬間は40歳になる前でも定期的にやってくる。その度に似合うものを検討し直せばいいだけのことで、それは決して嫌な作業ではなかったし、これまで似合わなかった服が似合うようになることでもあるから、どちらかというと楽しかった。

しかし、40前にやってきたこの「服が入らない問題」は、すごく意欲をそがれるものだった。服がかっこよく着られない。自分の下着姿すら、目をそらしたい。

いくら自信を持ちたいと思っても、自分で自分の状態に納得がいっていない以上、なんかとても後ろめたくて、自信なんか持てない。「もう40近いんだから、これぐらい普通でしょ」という気持ちもあるけれど、気に入った服をきれいに着たい執着が私には強かった。

バッグ

筋トレしても、痩せても、たぶん自分が怠け者である以上、太ったり痩せたり、それで落ち込む瞬間はきっと、この先何度でもやってくる。私が、毎朝ジョギングをしてそれで健康になって痩せて村上春樹みたいな文章を書き始めちゃうなんてことはあり得ない。だから、もっと、根本的なところで自信が欲しい。ちょっとぐらい太っても、痩せても、そんなことで揺るがない自信が欲しい。

そう思った私は、ある行動に出ることになる。(次回に続く)