11お金、どうする!?

私は25歳でフリーライターになった。まぁ、名刺に「ライター」と刷ってはみたものの、そんなにすぐに仕事なんかもらえない。デザイン事務所で時給制でバイトさせてもらいながら、たまにもらえる書き仕事をする。そんな生活をしていた。もちろん、そんな生活でお金が儲かるはずもなかったが、25歳のときの私は、今よりずっとしっかりしていた。たった5千円でも1万円でも天引きで積立貯金をしていたし(そうするのがいいと『an・an』で読んだのだった。確かに口座にあると使ってしまう!)無駄遣いをしないことはなかったが、払いきれないような額のものをカードで無茶買いすることもなかったし、身の丈に合わない贅沢はせずに暮らしていた。

仕事がうまくいって、少しまとまった金額が入るときや、ものすごく忙しい時期を抜けてその原稿料が入ったときなど、「人生に一度ぐらい、贅沢をしてもいいんじゃないか」と思うことがあった。初めての体験はよく覚えている。私は、10万円のコートを生まれて初めて買った。20代の後半ぐらいだったと思う。理想のコートを見つけた、と思って買ったのに、別にカシミアでもないウールだし、寒いし、何よりよく見たら袖丈がちょっと短い。サイズが合ってないのだ。自分に服を見る目もなかったし、そういうことをアドバイスしてくれるような店員さんがいる店でもなかった。とてもじゃないけどいい買い物だなんて言えなかった。「10万円も出してもこの程度なのか」というのは、値段に目がくらんじゃだめだな、という大きな反省になった。

シューズ

30歳を過ぎると、個人年金や保険のことを考えることもあった。しかし、どれも固定収入があることが前提のものなので、私が入るにはリスクが大きすぎた。途中で払えなくなるリスクのほうがずっと大きいのだ。普通に貯金しといたほうがいい。お金については、できるだけ貯金する、程度の単純な考えしか持っていなかったし、フリーライターとして生活をしていく限り、それ以外の考えの持ちようはなかった。「何歳までにいくら貯める」みたいな目標を決めたこともあったけれど、貯めてどうするというプランもなく、それはただなんとなく「いざというときのため」「老後のため」みたいな、あてどのない貯金だった。「家を買ってみようか」と思いついたときは血沸き肉躍ったが、家を買うにはぜんぜん足りないし、ローンもこのままじゃ通りません、とはっきり言われて、ガッカリしたりもした。

それでも、38歳まで、私はわりとお金のことだけは真面目にやってきた。確定申告もしてるし、年金も保険も住民税もバシバシ払ってる(当たり前のことだとお思いでしょうが、ぜんぜん払ってなくて怪我や入院のときにうろたえるフリーランスは決して少なくないのです)。家賃に至っては「いつ払えなくなるかわからなくて怖いから」と一ヶ月先の分まで常に振り込むという念の入れようで、いつ収入がなくなるかもしれない不安や、そうなってもしばらくは持ちこたえられるようにと手を打つ気持ちを常に持っていた。

いた、と過去形なのは、39歳になってから、いきなりタガが外れたからである。39歳になってからの年始、私はモヤモヤしていた。レギュラーの仕事が2つ、半年以内に終わるというのが見えていて、早く仕事を他に始めないとまずいのだが、持ち込まれる企画は相も変わらず「こじらせ女子」とか「30代の女性のための~」とかで、別にそれが悪いわけじゃないのだけど、自分の中ではもう書いてしまったし、今の自分の興味や関心はぜんぜん違うところにあるのに、というもどかしさを感じていた。感じつつも、やっぱり仕事をもらえるかもしれない、という話なわけだから「書こうと思えば書けないこともないだろうし、やったほうがいいんだろうか」「そういうテーマをちゃんと面白く料理できてこそプロなのでは?」という声がどこかから聞こえてくるような気がしていた。商売人としては、ここで断るなんてバカじゃないの? と思ってしまうのだった。

でも、興味ないテーマについて書いて、それで自分の一年が過ぎていって、そんなんでいいんだろうか。「本当はこういうことに興味があるわけじゃないんです」なんて言い訳は、どこにも誰にも通用しない。書いたものには責任がついて回る。「本当に書きたいもの」ではないものの責任なんて、背負えるだろうか?

書きたいことが書きたい。いい文章が書きたい。お金とかそういうことじゃなくて、これが私ですと言えるような、そういう文章をひとつでもいいから書きたい。そうじゃないと、人生なんてあっという間に終わってしまう。だめもとでいくつか企画を出した。たぎるような気持ちがあった。それを受け入れてくれる編集さんは何人かいて、私は今年、新しい仕事をいくつか始めることができた。

文具

嘘をつくのはやめよう。対外的にいい顔をするのはやめよう。できもしないことを、無理してできるふりをするのもやめよう。今年だけでもいい、嫌なことは嫌だと、できないことはできないと言おう。私は、私の人生を生きる。だって、もうそんなにたくさん残ってるわけじゃない。まだ若い、けれど、永遠に続くわけじゃない。生命自体は続いても、体力も気力も充実していると言える期間がどれだけ続くかわからない。私は、私のしたいことをする。私は、自分の書きたいことを書く。そして私は、なりたい私に、本来そうであった生身の私になるのだ、と思った。

思った瞬間、GUCCIのバッグを買った。生まれて初めてのブランドバッグである。しかも派手だ。そうだ、もともと派手なものが好きだったんだよな、と思うと、もう買い物が止まらなくなった。まだ冬のコートを着ているのに伊勢丹に出かけては春夏の薄手の服をまとめ買いしたり、これまで着たことのないような、というか着て行く場所のないようなベアトップの光沢のあるエメラルドグリーンのドレスや、背中がばっくり開いた真っ赤なドレスを躊躇なく買ったりした。買うときの気持ちは、いつも同じ。「これが私かよ!?」という新しい服への戸惑いと、「いや、これこそ私だ」という確信だ。

必ずしも似合うと確信のあるものばかりではない。着たことないけどこれどうなんだろう、とか、試してみたい、という気持ちで買うものもあった。自分の普段着ている感じとは真逆の、ヤンキーみたいな服を急に買ってみたりもした。でも、別にそれはそれで普通に着れた。

バッグ

服のことが面白くてたまらなくなった。それまでも服は好きだったが、コーディネートが下手だったり、お洒落な人の前に出ると急に自分がみすぼらしく見えたり、逆にお金をあまりかけずにうまく服を着ている人の前でも、そこそこお金を使っているのにぜんぜんうまくいってない自分の服装が恥ずかしかったりして、服は好きでも純粋に「楽しい」ものではなかった。どちらかというと「修行が足りない」という気持ちが強かった。服とは、慎重に選ぶもの。賢く考えて選ぶもの。失敗を減らして、上手に選べるようになりたい、なんてことを考えていた。

そういう考えが全部、39歳の春に飛んだ。賢いとか慎重にとか失敗とかはもうどうでもいい。私はただもっと、素敵になりたい。大胆になりたい。欲望に正直になりたい。自分自身になりたい。別に高い服じゃなくていい、いまの気持ちにぴったりくる服を、いま着たい。それが来年着れない服でもかまわない。「私にはこの丈が似合う」とか、「この色が似合う」とか、ささやかに決めていたルールを取り払って、なんの柵もない服の大草原を駆け回って好きな服を選んで着たい。かっこいい、かわいい、セクシー、シック、なんでも着たい。変な人だと思われてもいい。むしろそのほうがいい。いまの私は以前のモードとは違っているんです、ということを表明するのにこんなに簡単な方法はない。

というわけで、40手前の私の財政は、これまでにない危機を迎えている。たぶん、こんなに買い物が止まらないのは人生で初めてではないだろうか。もうとにかく、欲が勝つのである。欲望が「今しかない!」と囁くのである。買い物の直感が冴え渡り、「これ、いいんじゃない?」と言ってくるのだ。ああ、着たい服を我慢せずに着るというのは、なんて楽しいことなんだろう。安い服で満足できるタイプなのが唯一の救いだが、それでも積もればけっこうな額になる。木製のハンガーの数が足りなくなって困るなんて久しぶりのことだ。

こういうのは、本当はまずい状況のはずなのだが、まったくまずいと思えていない。今年だけは許して、という気分である。借金をしているわけでもないんだし、なんとか帳尻合わせるし、私のこの一年、エンジョイさせてくれよ、着るものぐらい好きなだけ冒険させてくれよ、という気持ちだ。

服に対して金遣いが荒くはなったものの、着ることに対してこれほど気分が軽くなった年もない。「何を着てても私は私」という言葉が、理想論でなくしっくりくる。こないだは2日間かけて、秋冬に着る服を見にいった。着たことのない服ばかり買った。ビーズやスパンコールの刺繍のスカート、レザーのワンピース、レオパード柄のライダースジャケット、リボンタイのついたブラウス。どれも初めて選ぶタイプの服だ。

私はもう目立つことが怖くない。浮くことも怖くない。服でどんな人か判断されることも怖くない。そうなって初めて、私はどれだけ自分が、自分の欲望を押し殺し、我慢をしていたかを知った。

我慢しなきゃいけないこともある。お金が使えないときだってある。けど、自分がどんな人間で、何を書きたいか、そういうことについて、もう我慢したり、いい顔をしてごまかしたりしてる年齢じゃない、ということにははっきり気がついた。気がついてみれば、逆になぜ今まで我慢してたんだろう? と思ってしまうくらい、憑き物が落ちたようになった。服に対して遠慮がなくなったのは、そのことと大きく関係があると思う。

確かに、若い頃はよく言われた。多少女っぽい服を着ていたり、お洒落をしているだけで「お前がライター? 嘘でしょ? ほんとにもの書けんの?」とバカにされたり、実力を疑われたり、もっと言えば、「女の格好」で仕事を取っているんだと言われたりしたことが、たくさんあった。

そういうことがたくさんあったから、ありのままの自分ではだめだと思っていたのだろう。信頼される自分を装わなくてはいけないと思っていたのだろう。そのままの自分には価値がないから、服で良く見せようとか、態度で感じ良く見せようとかいう見栄もあったのだろう。そんなせこい計算、たいして通用しないのに。正直になっても、失うものなんて別になかったのに。私はそのことに、状況が行き詰まって本当に失うものがないかもしれない、という立場になるまで気がつくことができなかった。

サボテン1

ピチカート・ファイヴに『陽の当たる大通り』という曲がある。昔はこの曲が好きだった。「死ぬ前にたった一度だけでいい 思い切り笑ってみたい」「思い切り愛されたい」。そんな歌詞を切実な気持ちで聴いていた頃があった。いまはどう思うか、というと、失礼ながら「ばっかみたい」と思う。「死ぬ前にたった一度でいいの!? 信じられない! ずいぶん欲がないのね」って感じだ。私は何回でも、何十回でも何百回でも思い切り笑って、思い切り好きな服を着て、思い切り愛されたい。それを我慢する理由も、「たった一度だけでいい」なんて思う理由も、もうどこにもない。

39歳で背中を出してても、ブラレットが透ける服を着ていても、誰も何も言わない。「そんなんで本当にものが書けるの?」と言われることもない。万が一言われても「書いてますけど?」で済む。若さゆえに不当に見下されたり、若い女であるがゆえに迫害されてきた不自由が、波が引くように去ってゆき、代わりに自由がどんどんやってくる。最高の気分だ。誰だかわからない世間の視線みたいなもののために自分を歪めたりしなくていいし、そんなことしようという発想すら溶けてなくなる。

でも、本当は、40間際でこんなの遅すぎる。生まれたときからずっとこんなふうであれば、みんな余計なことで苦しんだり、自分を曲げたり歪めたりしなくて済むのにと思う。20歳の頃から、いや生まれたときから、私は自由でありたかった。自分の人生を悔いる気はないけれど、これからは「最初から自分の欲望を肯定し、それを謳歌する自由を知っている世代」ばかりになってくれればいいのに、と思っている。貯金は、それなりにしておいたほうがいいと思うけど……。いつか私のように、狂い咲くときの予算ぐらいは用意しておいたほうがいいかもしれない。ま、だいたいZARAとかですけども。