菜の花食堂のささやかな事件簿 碧野圭

MENU3 のらぼう菜は試みる その3

イベントは大成功だった。帰り際、スタッフが並んでお客さまをお見送りしたが、みなさん「おいしかった」と口々に言ってくださる。それぞれ感想を述べて、名残惜しそうに食堂を後にする。最期に残ったお客さまは、農家の保田さんご夫妻だった。
「いやー、おいしかったですよ。うちでものらぼう菜のお浸しなんてしょっちゅう作るんだけど、どうしてかな、ここのは味が違う」
「それはよかったです」

先生はにこにこ笑うばかりだ。
「そうそう、あんたの顔を見て思い出した。あれ、どうなった?」

保田さんが私の方を向いて問い掛ける。
「あれって?」
「あの、無人販売の件」

それで思い出した。先生に、謎解きの相談をされていたのだった。
「ごめんなさい。私すっかり忘れてしまって」
「なんのことなの?」

先生に尋ねられて、私は素早く説明をする。
「それは不思議ね。四ヶ月前までは、確かにそういうことはなかったのね?」

先生の問に、保田さんが答える。
「ええ。それまでも計算が合わないことはよくあったんですが、たいていは二百円三百円足りないってぐらい。多い時があっても、たまに五十円多く入っていたとかそれくらいだったんですけど。千円二千円多いと、気持ちが悪くて」

先生は立ったまま、考え込んでいる。村田さんたちは奥へと引っ込んで後片付けを始めたが、私は気になって動くことができない。
「無人販売所は、保田さんのおたくの敷地の端にありましたよね」
「ええ。本宅の前にアパートがあって、その駐輪場の脇に作っています」
「ご自宅から、無人販売所を見ることはできるんですか?」
「いえ、アパートが建ってるんで、それが視界を遮っているんで、うちからは直接見ることはできません」
「そうでしたか。アパート、現在はどういう方が入っているんですか?」
「世帯用に作った2LDKなんで、ほとんどが家族持ちです。八世帯全部入居してるんですが、そのうち七世帯は家族持ちで、最近入ってきた一階の端の部屋だけが、独身の方です。なんでも、出版社にお勤めだとかで本がやたら多いんで、広い部屋がいいんだとか」
「その方、いつから入居されたんですか?」
「そうですね……。四ヶ月か五ヶ月前だったかなあ。ふつうの会社と違って夜型みたいで、出社も昼過ぎだったり不規則だけど、会えば挨拶してくれるし、振込も遅れたことがない、いい人ですよ」
「その方、東京出身?」
「いえ、関東だけど、茨城の北の方、辺りは何もない田舎だって言ってました」
「そう……。でしたら、その方にひとつ聞いてみてください」
「はあ」
「『野菜、余っているんですか』って」
「それ、聞いてどうするんですか?」
「たぶん、聞けば謎が解けますよ」

先生は謎めいた微笑みを浮かべている。保田さんは、何がなんだかわからない、という顔で、お店を後にした。私も、先生にその言葉の理由を聞きたかったが、先生はそれ以上語ろうとしなかった。仕方なく、私も店に入って、片付けを始めた。


保田さんから連絡があったのは、その三日後だった。いつものように野菜を届けに来たのだが、先生の顔を見るなり、
「どうしてわかったんですか?」

と、勢い込んで訪ねてきた。どうやら、謎が解けたらしい。
「やはり、その方が野菜を置いていらしたのね」

先生が微笑んでいる。傍にいた私は何がなんだかわからない。
「まさか、家から送ってきた野菜の処理に困って、無人販売所に置いていたとは思わなかった。どうりで計算があわないはずだ」
「どういうことですか?」
「うちの店子さんは独り者でね、忙しくて料理なんてする暇ないのに、田舎から親が野菜を送ってくるんだそうですよ。親心だね、野菜をたくさん食べなさい、って、いくら断っても毎月月末に送ってくるんだそうだ。それで、いつも腐らせてもったいない、と思っていたそうでね」
「そうしたら、目の前に、ちょうど野菜の無人スタンドがあった、という訳ね」

保田さんの言葉を、先生が続ける。
「店子の宇野さんは、出掛けるついでに少しづつ置いて行ったらしい。俺も、たいていは朝、野菜を並べるとそのまま夕方までほったらかしだから、品物が増えていても気づかなかったんだなあ」
「先生、それを予想していたんですか?」
「ええ、まあ。無人スタンドの売り上げが増えているってことは、品物が増えているってことでしょう?」

確かに先生の言うとおりだが、当たり前すぎて逆になかなか思いつかない。
「でも、どうしてその人だって、わかったんですか?」
「あ、それは俺も知りたい」
「ただでもいいから、野菜を手放したいってどういう人かな、と思ったんです。お金に困っていない、忙しくて野菜を調理する時間がない、ということだろう。独身なのに世帯向けのアパートに住んでいる出版社の人、実家は茨城の田舎の方ということで、その人は条件にぴったりだと思ったんです。おまけに、引っ越してきて間もないときたら、ほかには考えられない」
「なるほどねえ」
「それに、いらない野菜の売り上げとはいえ、どうせ誰かにあげるなら、自分がよく知った人の利益になるように、って思うでしょう。だから、保田さんの身近にいる人だろう、と思ったんです」
「ああ、そうでしたよ。宇野さん、いつもお世話になっている保田さんだからって言ってましたねえ。気持ちは嬉しいんだけど、理由のないお金を受け取るわけにはいかないし、どうしたもんかと思ってね」

保田さんも、やっぱりいい人だ、と思う。じゃあ喜んで、と受け取る人の方が多いんじゃないだろうか。
「何より親御さんの気持ちを考えるとね。 親御さんは息子に食べさせようと思って、せっせと送ってくるんだろうから」
「そうですね。誰か作ってくれる人がいるといいのに」
「俺もそう言ったんですよ。宇野さん、いい人なのに、彼女のひとりもいないのって。そうしたら、忙しすぎてふられたんだそうですよ」
「まあ、彼女じゃなくても、家事ヘルパーさんとかに頼むとかすればいいのに」
「本人も同じことを言ってましたよ。お金払ってもいいから、誰か作ってくれないかって」

ふたりの会話を聞いて、私ははっとした。それなら、アルバイトになる。
「あの、私やりましょうか?」

思い切って、保田さんに言ってみる。
「え、料理を?」
「はい。私、来月から会社勤めを辞めるので、アルバイトをしようと思うんです。当分は、菜の花食堂の売り上げだけでは足りないと思うので、何かで補填しないと、と思って。料理を作るだけなら時間も自由になるし、ちょうどいいと思うんです」
「ああ、それはいいかもしれないな。だけど、ほんとに大丈夫?」
「もちろん、条件とかが折り合えばですけど」
「じゃあ、一度本人に聞いてみるわ。悪い話じゃないと思うし。お弁当とか作ってもらえれば、その分のお金が節約になるしね」
「はい、お願いします」

意外なところから、話が繋がった。少しだけど、お金になるかもしれない。

仕事辞める前から、いい兆候だ。こうしていろいろ仕事が増やしていけるといいな、と私は思っていた。