クズの遠吠え カレー沢薫

大量の仕事を押しつけつつ
「無理するなよ」という上司のような偽善型クズが、
優れたクズであると言える理由とは?

善意しかない だがクズ

働かず 小言の母に ローキック
殴ったあとに抱きしめろ 女は大事な 金と穴

そんな燦然と輝くクズの陰に隠れ、冷や飯を食っていた実力はあるのに目立たないクズにスポットライトを当て「なんだ、お前意外とクズじゃないか。見直したぞ」というのが当コラムのコンセプトだ。
そうは言っても、そんなにクズなんているのかしら、と思ったら、やる気がありすぎて「困惑」という感情しかわかない担当より、すでに80種類のクズが送られてきているため、早くも「クズしかいねえ……」と、世界に対しては絶望だが、企画に対しては希望しかない。

というわけで、最初のクズの御登場だ。
早回しでいかないと、何せことあと79人のクズが控えている。

『偽善型クズ』
「早く帰れよ」「ちゃんと休めよ」とか言っておきながら、山のように仕事を言いつけて我先に帰る上司のようなクズ。

どこにでもいる嫌な小物上司を突然「クズ」と断ずることで、俄然迫力が出た、というか地獄に落ちるしかなくなってしまった。
そこまで悪いことをしているか、と思わぬでもないが「そこまでのことをしているという」という体でいくしかない。

クズすぎる。
今すぐ、プレミアムフライデーやノー残業デーを「実行しましたよ」というポーズをとるためにムリヤリ会社を追い出された社員が、早く帰った分明日しなければいけない業務を集めて作った「残業玉」で粉砕されるべきだ。

まず偽善型クズの悪しき点は、その名の通り善を装う悪、という点だ。
窓の外を見て見ろ。モヒカン革ジャントゲつき肩パッドでジープに乗っている人がいると思うが、そういう人たちは、体全体で悪を表現した上で悪である。今から火炎放射器で民衆を焼き払ったり、ジジイから種モミを奪うけど、悪人だとは思われたくねえな、などとは一ミリも思っていない。
「潔さ」「わかりやすさ」においては、偽善というのは、純粋な悪にも劣る悪である。

さらに偽善型クズは、ただ、善人ぶりながら悪を行ないたい、または善をするつもりはないが善であると思われたい、という者だけではない。
報酬目当ての偽善型クズもいる。
純粋な善意ではなく、その後の見返り目的、簡単に言えば「ヤレるかもしれない」が動機の奴だ。逆に言うと「これはヤレない」の相手に善意を見せることはない。

皆さんも、なんて姑息で打算的な奴なんだ、とお怒りだろう。
だがここで、偽善型クズが全部そうだと思うのは、アニメ版伊藤誠を見て「男ってみんなクズ」と思うぐらい早計だ。

世の中には、全く打算も下心もない善行を行なう、偽善型クズがいる。
突然クズから仏の話かよと驚かれたかもしれないが、ただ仏と善意の偽善型クズの違いは、クズが考えた「俺が考えた最強の親切」が、受け取る側からすると「暴力」という点である。

昔、とある人が言った。「良かれと思って、ポリス沙汰」と。
それが悪行だとわかっている人間は、バレないようにやろうとする。特にポリスにはシークレットにしようとするだろう。しかし本人が善行と思っているとなると、遠慮、手加減がないのである。

そして、この偽善型クズが一番厄介だ。
腹部を鋭利な刃物で小刻みに刺して来る人には「やめろよ」と言えるが「水銀をちょっとずつ飲むと抵抗力が出来て風邪を引かなくなるんですよ」と本気で信じて好意で勧めてくる人に、NOと言い、さらに間違いを本人にわからせる、というのは大変な労力だ。
大体が「ちょっと水銀を飲んで納得させる」という「実害だけを被る」という結果になるし、相手は良いことをしたと思っているので、何度でも来るし、最初はお猪口だった水銀が、ペプシの空きペットボトルになってやってくる。

そして相手にはっきり「迷惑だ」と言うと、偽善型クズはこう言うだろう。
「人の好意を」と。

今すぐ、偽善型クズを無人島に一挙集めて「俺が考えた最強の親切」をぶつけ合わせよう。どれも必殺技級なので良い勢いで数が減るはずだ。

だが、善意の偽善型クズは親切心だけは本物だ。しかし「センス」という、なかなか努力では得られぬものに恵まれなかった、という点は、制御できない力を持って生まれたミュータントぐらいの悲劇性はある。
そして、姑息系偽善型クズも悪いばかりではない、いわゆる「口だけ」良いことを言う奴だが、世の中には「口さえ」ない奴が山ほどいる。

口だけに何の意味があるのかと思うかもしれないが、意外にある。
熟年離婚でも「夫が一言『ありがとう』さえ言ってくれれば」みたいな話はよく聞く。
やるだけやらせて、感謝の言葉もなく、それを指摘されたら「言わないでも伝わっていると思っていた(感じ取らないお前が悪い)」という言い分である。

大量の仕事を押し付けられて「無理すんなよ」と言われ、ムカつく人ももちろんいるが、その優しい一言でちょっと溜飲が下がる、何もねぎらいがないよりはマシ、という人も大勢いるのだ。
言わなくても伝わるだろう、というテレパシー型クズより、薄っぺらでも「耳に聞こえる形で良いことが言える」と言う点で、優れたクズと言える。