クズの遠吠え カレー沢薫

相手を見て己の対応を変える【風見鶏型クズ】は、
よくいる上に感染力が高いカジュアルなクズだが、
サバイバルに強く和を乱さないという美点もある。

才能がない奴は やめた方がよいクズ

どうやったらクズ界の頂上(てっぺん)を獲れるのか。
そればかりを考える日々である。

クズというのは欲望が強く、その欲望を躊躇なく実行に移す行動力がなければならない。
つまり、それを抑制する「理性」などあってはならない。
そう思っていた時期が、私にもあった。

逆だった。

クズにこそ理性、つまり「見境」が必要だったのである。
誰彼構わず噛みつくようなら、それはクズではなく、ただのバカ。相手と状況を読めてこそ、真のクズである。

【風見鶏型クズ】
ちょっとした有名人の不倫や不祥事にはエセの正義感を出すが、
大物や人気者や大きな事務所所属にはダンマリを決め込む芸能人のようなクズ。

中二風に言えば「風の音(こえ)が聞ける」。
これこそがクズに必要な力だったのだ。
つまり、親の財布から金を奪うにも、お母さんが昔アマレスのチャンピオンだったら、お父さんの方に行く、という臨機応変型クズである。
つまり「相手を見る」クズだ。

まず、相手が自分より上か下かを見極め、それによって態度を変えるという、HiGH&LOW激ツヨのクズである。もちろんエグザイルは関係ない。
確かに、相手が例え、アマレスチャンピオンじゃないお母さんだろうが、範馬勇次郎だろうが、そのクズっぷりに一切ブレがないようでは、逆にカッコよさが出てしまう。
やはり、お母さんには横柄で、勇次郎にはへつらうのがクズだろう。

だが現在の日本、とくにインターネット上では、このタイプのクズが赤潮級に大量発生していると言える。
不倫芸能人など「どれだけ叩いてもよい上に自分に害がないもの」を見つけると、骨まで食べられるから小さいお子様でも安心、というぐらいになるまで叩く。

芸能人の不倫など、まさに自分の嫁が寝取られた、というなら怒る権利がある。だが、そうでなければ、別に自分に実害を及ぼしたわけでもない、会ったこともない人間の悪口を言うこと自体おかしい。
それなのに、なぜか『不倫という悪いことをしたのだから悪く言ってもOK』というふうになり、みんなが悪く言うから、自分も当たり前のようにそうしてしまうのだ。

つまり、風見鶏型クズというのは、よくいるクズな上、自分はそうじゃないと思っていても、無意識の内にそうなっているし、感染もするという、季節の変わり目の風邪ぐらいカジュアルなクズなのである。

しかし、芸能人の悪口ぐらいならいいが、上司が部下には厳しく、上には媚びるという風見鶏型クズだと迷惑だろうし、若い男にだけ愛想がいい女が会社にいても不愉快だろう。

だが人間、全く「相手を見ない」などということができるだろうか。
偉い人間に横柄な態度を取って「お前おもしろい奴だな、気に入ったぜ」となるのは、夢小説のヒロインだけだ。
むしろ、自分より上の人間には敬意を払うというのは、当たり前と言えば当たり前だ。
「自分は誰にでも公平にいきたい」と、親ぐらいの相手にタメ口をきいている若者が素晴らしいかというと、それは「別のクズ」な気がする。

また、このような「風見鶏的動き」というのは、野生動物としては当たり前の行動だったりもするのだ。
百獣の王ライオンだって、狩りをするときに自分より強そうな動物を選んで「ワクワクしてきたぞ」と、悟空のようなことは言わない。
弱い動物の中でも、特に弱っている奴を狙うのだ。その方が獲りやすいのだから当たり前である。

よって「相手を見ない」人間は、動物としては「かなりの不自然行動」を取っていると言っていい。要するには、風見鶏型クズは「生物として正常」とも言えるのだ。
むしろ「百獣の王型クズ」と言っても差し支えない。
つまり厳しい自然界、さらに自分自身には大して能力がないという状況の中、「相手を見る」という力で生き抜いてきた、サバイバルに強いクズ、とも言える。

また、相手を見る力と同じく空気を読む力を備えている場合も多いので、和を乱すことはあまりない。
このように処世術の観点からすると、見習うべきところもあるクズと言える。

だが、やはりこれも才能である。
真似しようとしても、上手く使いわけができず、同じ人間にさっきと違うことを言ってしまったり、全く同じ褒め言葉を違う人間に言ってしまったりと、逆に人間関係に軋轢を生じさせることもある。

そうなると「空が青い」や「君は息しているから偉い」など、間違いようのないことしか言えなくなる上バカに見える、という事態になる。
よって、風見鶏の才能がない人間は、ずっと同じ向きを向いていた方がまだマシである。