クズの遠吠え カレー沢薫

実体のないものに怒りをぶつける
想像力豊かな【若者型クズ】は、
ある意味とても恵まれている。

老害め~ 最近実態のない者に怒る人がふえた

この世には、古(いにしえ)より殺し合わなければいけない、と法律で決められているとしか思えない関係性がある。

例えば、嫁と姑。むしろ、この関係性にさえならなければ、ただのババアと未来のババアとして、にこやかに挨拶できて、あとで舌打ちぐらいの間柄だったかもしれない。
だが未来のババアが、現ババアの股間から出てきた男を愛してしまったがゆえに、「嫁姑」という有刺鉄線みたいな雰囲気で、お互い接しなければならないのである。
「嫁」というだけで、その行動が逐一「なってないもの」に見えたり、姑というだけで全ての言葉が「嫌味」に聞こえたりする、それが嫁姑というフィルターだ。

それと同じぐらい、人類が滅びるまで、お互いが「何か気に入らないもの」として争わなければいけない関係性がある。
それが「最近の若者」と「老害」だ。

これは嫁姑より、格段に漠然とした関係性だ。
嫁姑というのは、具体的な個人を気に入らないと思っている。
どれだけ姑力がある女でも、他人の股間から出てきた男の嫁にまでムカついたりはしていない。

それに対し若者と老害は、ただ若い、ただおっさんババアというだけで、なんとなく気に入らねえという、実態不明なものに本気でムカつけるという、想像力豊かなタイプである。
そんな幻影を憎んで止まないクズの若い方が今回のクズだ。

【若者型クズ】
「若い人(自分)たちは搾取されている!」という被害妄想にとらわれているが、おっさんたちから見れば「よほど恵まれているよ!」と突っ込みたくなるクズ。

このクズのいいところは、前述の通り想像力豊かなところ。
そして「自分たちから搾取して甘い蜜を吸っている老害がいるに違いない」という、ツチノコやサンタ、STAP細胞は本当にあると信じる心を持っている点だ。

つまり、イマジネーションと純粋さを併せ持つクズなので、芸術関係の仕事が向いているかもしれない。
芸術関係の人は、実際はどうあれ「性格がアレ」というイメージがあるので、多少被害妄想が強いクズでも許容してもらえて一石二鳥である。

だが注意しておきたいのは、UMAと違い「なってない最近の若者」や「若者から搾取する老害」は、実在するという点だ。
STAP細胞も実在するよ、という話は置いておいて、この若者型クズを目指すなら「実在のものに怒ってはダメ」なのだ。
例えば、具体的に、会社に天下り老人がいて、何の仕事もせずに自分たちの倍給料をもらっている、ということに怒っているなら、正当な怒りになってしまう。

若者型クズは、そういう他人の具体的老害エピソードを聞いて「俺たちは老人に搾取されている!」とSNSに書いたりするのだ。
もちろん「老人」に具体的イメージはない。あったとしても「政治家」とか、非常にざっくりとしている。

このように若者型クズを目指すなら、一流の「巨大主語使い」でなければならない。
1人老害がいると聞けば「65歳以上全員から選挙権を奪え」等、坊主憎けりゃ寺を燃やせの精神が必要なのである。もちろん、その「1人の老害」を自分の目でみたわけでもなく、だ。
ネットで見た「創作かもしれない老害エピソードを鵜呑み」にする。ここでも、若者型クズの純粋さが生かされているのである。

さらに、敵は老人だけではない。
こんなバカ女がいたと聞けば「女は男が管理すべき」と思い、セクハラ野郎の話がタイムラインに流れてくれば「男を全員去勢しろ」と思う。
このように一つの小さな事象を、すべてにおいて広く適用してしまうという、大らかすぎる心が必要なのだ。

ただし、この巨大化思想は悪い点のみに使われるわけではない。
例えば、素晴らしい曲を聞いたら、こんな素晴らしい曲を作ったり歌ったりする人は聖人君子の現人神で、ウンコもしないに違いないと思ってしまう。
そして、相手が不倫したりウンコしてたりしたら「裏切られた」と感じるのだ。

以上のように、とにかく脳内のスケールがでかすぎて、大雑把なのが若者型クズの特徴である。
この、スケールをもう少し広げれば「若者も老人も男も女も関係ない」「ウンコ味のカレーもカレー味のウンコも」同じ、という逆に差別のない人間になれそうな気がするが、スケールの膨張率が一番悪いところで止まっているのが、このクズのクズたる所以である。

しかし、こういう、漠然とした巨大なものに怒っている若者型クズ思考になっているときは、ある意味恵まれていると言える。
人間、嫁とか姑とか具体的なものに怒っているときは、そんな幻影に怒る余裕がない。心に余裕がある、暇だから、そういうものに怒れるのだ。

大きな苦悩や怒りを抱えてそうで、実は何もないのが若者型クズである。