クズの遠吠え カレー沢薫

問題を別の問題でうやむやにする
「すり替え型クズ」
しかし、すり替え自体は処世術でもある

今回のスペシャルゲストはこちらのクズである。
「すり替え型クズ」
妻へのモラハラで責められているのに、「俺は浮気はしていない」などと、
別の次元の話を持ち出して問題をうやむやにしようとするクズ。

これは結構厄介なクズである。
第三者から見ると「そんな理屈が通るか」と思うが、いざ当事者になると、モラハラで借金癖があり女関係もチンコが12本生えてるとしか思えないようなパートナーでも「だが暴力は振るわない」という一点突破だけで離婚に踏み切れないというケースも多くある。

すり替え型クズは、何かあるたびに問題をそう言った「最後の砦」にすり替えて相手を納得させるという、空蝉の術の使い手である。NARUTOでいうと上忍クラスのクズだ。

中には「確かにお前の彼女を寝取ったが、中出しはしていない」など手練れのNTRマニアしか納得しないような術を使うすり替え下手の下忍もいるが、もっとクラスが上になると「寝取ったが中出しはしていない」→「中出しをしない俺はマナーがなっていて偉い」→「そんな偉い俺を責めるお前は最低の人間だと思いました」と、逆ベルタースオリジナルおじいさん論法で、あたかも相手が悪いかのようにすり替えるのである。

こういう相手をパートナーなどに持つと常に「悪いのは自分」と思わされ、実に不幸である。

しかし、我々は相手が空蝉の術を使っていないにも関わらず、自ら自分の脳にこの術をかけて己を納得させてしまっている時がある。

例えば、職場にどうにも苦手な人間がいるとする。そういう時我々はどストレートに「あいつ帰りにバニラのトラックに轢かれないかな」と思うより先に「でも根は悪い人じゃない」とか「この前修正テープ貸してくれた」など良い部分探しをして、苦手だと思う気持ちを鎮静化させようとしていないだろうか。

あれも結局「苦手」を別の部分で相殺しようとする、すり替え行為である。
むしろ、最上級の「すり替え型クズ」というのは、自分がすり替えなくても、周りが一生懸命問題をすり替えようとしてくれるクズかもしれない。すり替えクズ界の火影だ。

こういうタイプが周りにいるのも不幸である。
何故なら、一生懸命「本当は悪い人じゃない」と己に暗示をかけている時間というのは、大体会社が終わったあとか、休みの日だったりするのである。
そんな「自由時間」に、一生懸命「会社の苦手な奴」のことを考えているというのは時間の無駄過ぎる。そんなことを考える暇があるなら1秒でも多く推しのことを考えた方が良い。

しかし、人は時に、好きなものより嫌いなものに頓着しがちなので、考えまいとしてもいつの間にか考えてしまっているし、一度考えると「あいつ気に入らねえ」「いや、でもこの前西奥多摩のお土産くれたし」という反復横飛びとなり、貴重な時間が浪費されていくのである。

刃牙風にいうと「虫歯のように消えない」のだ。
刃牙は何故か好きな女子相手にこの表現を使っているが、実際はこういうタイプのクズに使われる方が正しい気がしてならない。

しかし、このすり替え行為というのは、必ずしも全て悪というわけではない。
「殺人はしたが放火はしていない」という、マイナスをマイナスですり替えるのは良くないが「肉を切らせて骨まで断たれたが生きている」という、マイナスは多々あったがそれをただ一つのプラスとすり替えて「トータルでプラス」にしてしまうのは、自我を保つには必要な行為である。

「生きてるだけで丸儲け」というのも、逆に言えば「生きてる以外は大損」という状態かもしれないのだ。しかし「でも生きてる」というプラスにすり替えで「儲けた」ことにしているのだ。つまり「すり替え」というのはポジティブシンキングでもあるのである。

いわば「負け惜しみ」なのだが、負け惜しみは、周りに「負けてない」とアピるためだけのものではない。どちらかというと「己を納得させるため」にすることである。納得しないと次へは進めないのだがら必要な行為だ。

またこの「すり替え」は嫉妬心のコントロールにも役に立つ。
例えば、子どもの幼稚園で、身なりの良い美人ママを見かけたとしても、そいつの子どもの袖口が鼻水でカピカピだと言うだけで、現場猫級に「ヨシ!」となってしまうのだ。
もちろん、子どもの袖がカピカピでも、自分がその美人に勝ったわけでもなんでもない。ただ「ヨシ!」と、己の嫉妬心を着地させられたならそれでよいのだ。
そういうすり替えが出来ずに、ひたすら容姿や身なりで自分が劣っているという点にしか目を向けられない人間はいつか爆発してしまう。

また、他人に対しても「すり替え」は許容していくべきである。
例えば、テストは3点(名前が書けたから)だが、かけっこでは1位をとったという子供がいたら「それとこれとは関係ない」としつつも、足が速いことは別で評価すべきなのだ。
それを「問題をすり替えるな」と延々テストの点のみを怒り続けたら長所さえ殺すことになる。

すり替えは良くないことかもしれないが、空蝉の術を一切使わず、全部自分で手裏剣とかを受けきっていたら、いつか死ぬに決まっているのだ。