しぶとい女 原田ちあき

 

Stage1理不尽にはささやかな毒を

「顔?」人生初の理不尽

中学二年生の頃、私のクラスを受け持っていたのは岡先生という英語科担当の教師だった。

教師にしては珍しい明るい髪色をしたふくよかな女性で、いつもたっぷりの香水と露出度の高いセクシーな服を身につけていた。

Stage1 理不尽にはささやかな毒を 1

この頃の私は特に目立つことのない、俗に言う陰キャラと呼ばれるタイプだったのだが、なぜか岡先生に目をつけられていた。
岡先生はよく怒る。
授業中、生徒全員が黒板をじっと見つめていないとブチ切れ、暴れるのだ。
私は毎回きちんと黒板を見ていたつもりだったのだが、岡先生は私のヘラヘラした顔が気に食わなかったらしく、私の頭をよくグーで殴った。

Stage1 理不尽にはささやかな毒を 2

今考えると悪さをする子たちを叱って反感を買うより、反撃して来なさそうな陰キャラの私をクラス全員の前で吊るしあげて牽制した方が簡単だったのだろうなとおもう。
顔に関してはもはや天性のものなのでどうすることもできない為、この運命を受け入れるより他なかった。
人生初の理不尽である。
なにも言い返さない私に岡先生のお説教はどんどん増長していった。

当時うちの学校には抜き打ちの持ち物検査というものがあった。
皆が体育などで教室を空ける際、教師が数人で教室に立ち入り、生徒のカバンの中身を無断で開け、例えば雑誌やCDや携帯電話など、勉強にふさわしくない物を持ってきている生徒を呼び出しコテンパンに叱るというもので、生徒たちはこの抜き打ちの持ち物検査がいつ行われるのか恐々としていた。

抜き打ち検査

その日のことは本当に鮮明に覚えている。季節は夏、空にはでかい入道雲が浮かんでいて、私は放課後プールの補習を受けていた。
その時である

「ハラダ〜! ちょっと来い!」
突如プールサイドに岡先生が現れた。
放課後のプールになぜ英語教師が……と疑問に思ったが、唯一わかることは岡先生はカンカンという事のみ。
そのまま岡先生に引っ張られ、私は更衣室に連れていかれた。
床にはカバンから出された荷物がきっちりと並べられており、私は自分の置かれている状況を理解した。

前日の夜、当時聞いていた深夜ラジオをせっせと録音していたカセットテープを寝ぼけて通学カバンに入れてしまっていたのだ。

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予想通り私は岡先生にぶん殴られ「とんでもないことになったなあ」と水着のまま呆然と説教を受け続けた。
大体の説教というのは耐えればいつか終わるものなのだが、岡先生の説教はそう簡単には終わりはしない。

服を着せられた私はそのまま職員室に連れていかれ、引き続き岡先生に「このテープはなんだ」と尋問を受けた。
この時お説教が初まってから既に1時間程経過しており、生徒もほとんど下校していた。空もまあまあ暗い。私はこのまま一生職員室で過ごすことになるのだろうか。家に帰って養殖しているメダカに餌をやりたい。

しょぼい仕返し

テープの中身はくだらない下ネタだらけの深夜ラジオなのだが、それがバレたらまた説教が長くなると思った私は咄嗟に「おじいちゃん……、おじいちゃんの形見です……」と嘘をついてしまった。

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祖父はバリバリに生きていた。
私は自分から出た思いもよらぬ嘘に吹き出し、それをこらえるために下を向き小刻みに震えた。

岡先生は相当驚いた顔をして「そうか……」とだけ呟き、私にテープを返した。
私が泣いていると勘違いしてしまったようだ。
「気持ちはわかるけど次からは持って来ちゃダメやからね。おじいちゃんのテープ、大事にするねんで。」
普段鬼のような岡先生が今まで見たこともないような優しい表情で私の肩をそっと叩いた。

帰り道、すっかり暗くなった道を1人で歩いた。
非常にショボい仕返しではあったが、図らずもずっと負けっぱなしだった岡先生との勝負に初めて勝利したのだ。

この日以来岡先生は私に少し優しくなった。
人間は反撃しないと思った相手にはどんどん攻撃を強めてしまうものなので、そういう相手には少し*かますぐらいが丁度いいのかもしれない。
世の中には嘘によって丸く収まることもある。
理不尽にはささやかな毒を。
この日私はまた一つズルを覚えて大人へと近づいた。

帰宅後、岡先生からお悔やみの電話がかかってきた旨について母親から説教を受ける事になるのだが、それははまた別の話である。

  •  「かます」とは大阪弁で「やっつける」「ぶちかます」という意味。