しぶとい女 原田ちあき

 

Stage3ディスられても「好き」をつらぬく

◆「人の勝手」をほっとけない人たち

私の好きなモデルがタトゥーを入れて炎上した。

理由は「反社会的」「親にもらった体なのに」「絶対に後悔する」「子供が虐められる」等。
私が真っ先に思ったのは「皆、凄く他人に興味があるんだな」という事だ。

先述しておくが、この原稿はタトゥーを肯定するためでも否定するためでもない。
誰かに向けてヘイトを飛ばしているわけではなくて、例えばタトゥーに限らず奇抜な服を着ていたり、恋愛対象が同姓、はたまた人外(じんがい)や二次元だったり、趣味がサブカルチャーやアングラカルチャーだったり、整形をしていたり、いわば「人の勝手」と言われる部分を否定する人が多いように思う。

私が20歳の頃に付き合っていた友人が俗にいう「サブカルの人」で、特に音楽に関する知識がとても深い人だった。私にはないものを沢山持っていて、私はその人の事をとても尊敬していた。
ある日「原田さんの好きな音楽ってどんなの?」と訊ねられ、私は当時好きだったフォークユニットの名前を挙げた。とても有名なバンドである。
するとその友人は「え? そんなメジャーなバンドしか聞かないの?」「ダサいからあまり人に言わない方がいいよ」と真剣な顔で私に言ったのだ。
好きなものを否定される事はとても辛い。今までの人生を全て否定されたような気がして委縮してしまう。
悪気があったわけではないと思うのだが、流されやすい私は「そうか私の趣味はダサいのか」と思い込み、そこから暫くその音楽を聴けなくなってしまった。

◆「好き」はその「よさ」を見つけること

話は少し戻って、私がそのモデルを好きな理由は「好きを押し付けない」からだ。
奥さんと好きな服を着て、自分たちの好きな色を家の壁に塗り、好きなものを集めて、おもちゃ箱の中のような素敵な生活をしている。
初めはその華やかさに惹かれて好きになったのだが、彼らは徐々にメディアやインターネットに「変な格好」「普通の服を着たほうがいい」「ビジネスカップルでは?」と書かれるようになっていた。 だが、そのたび彼らは「これが僕たちです」と堂々と言い放ち、その言葉にかみついたりもしなかった。
格好いいと思った。
誰かがそれ否定している間にも彼らはより自分たちの完璧な「かわいい姿」になっていくのだ。 誰も彼らの「好き」を踏みにじる権利など持っていないし、そして誰かの「好き」を踏みにじる権利を持っていないことを彼らは知っている。

あまり世間に受け入れられていないものを好きになるという事は、その「よさ」を自分の中で見出すことができる、とても尊い事だ。
誇るべきだし、ずっと好きでい続けてほしいと思う。

初めに書いたが、どんなに否定されても好きなものは好きだから仕方がない。「人の勝手」だ。
法を犯したり誰かを傷つけたりしなければ何を好きだって良くない?だって迷惑かけてないもんね。 できれば私は自分の「勝手」を守って、そうして誰の「勝手」も貶さないように生きていきたいと思う。

私はあの頃から少し歳取って、当時好きだった音楽を聴きながらこのコラムを書いている。
今この状態を「ダサい」と言われたら「私が好きだからいいじゃん」という事ができるだろう。

編集部注
人外(じんがい):サブカルチャーや文学において、人ではないもの。ロボットや亜人などのキャラクター、怪物などを表す。