大和書房 WEB限定連載

言葉が鍛えられる場所 平川克美

第6回 生まれてから死ぬまでの時間


「自己責任」というまやかし


父親の介護を経験して学んだことのひとつは、人間は自分で思うほど自分のために生きているわけではないということでした。

わたしは二年間の介護のあいだ、毎朝、毎晩料理を作り続けたわけですが、父親が亡くなると、もはや料理をするということはほとんどなくなってしまったのです。

その理由は自分でも驚くほど単純なものです。

わたしが、料理を作ったのは、わたしがそれをしなければ、父親が飢えてしまうということもあったのですが、それ以上にわたしのモチベーションを支えたのは、父親が毎日わたしの料理を待っていてくれるということでした。

待たれているということが、これほどまでに人間を抑制的にし、義務感をもたらし、規則正しい生活に引き込むなどとは想像すらしていないことでしたので、自分でも驚いてしまったのです。

誰だって、自分のためになんか料理をつくらない。これが、わたしが介護の経験から学んだことであり、ひとは自分が思っているほど、自分のために生きているわけではないということを知る契機になったわけです。

その途端、自己決定、自己責任、自己実現という当今隆盛の言葉が色褪せて行くのを感じました。いや、実のところ、これはまやかしなのだと思ったのです。

誰かが、何かのために、このような言葉をあたかも普遍的な価値観であるかのように言いふらしてきたわけです。

もちろん、それを言いふらした人間もまた、自分のためにそうしたわけではないのかもしれません。ただし、この場合には、身近にいる待っている誰かのために言ったのではないことは明白です。

利益を共にする、サークルのなかに、こういう言葉を喜ぶ仲間がいたのかもしれません。それをイデオロギーと言ってもよいと思いますが、このような価値観は普遍的でも何でもない党派的な言葉だというべきでしょう。全体主義とか、封建主義といった前近代的なイデオロギーのなかでは、それらに対抗する思想として個人というものを上位の概念として打ち立てる必要があったということかもしれません。

いまでは、もっぱら新自由主義的な経済を推し進めたい人々によって、自己責任論が振りまかれています。社会のリソースが限られている状況のなかで、その恩恵を受けるも受けないも自己の責任の範疇の中で処理されるべきもので、国家がこれを再配分するというのは人間を甘えさせるだけだというわけです。貧しいのなら懸命に働けばよい。働かざる者は食うべからず。自己の責任を他者のせいにするな。

このような考え方の根底には、ひとはひとりで生まれ、ひとりで死んでいくものであるという諦念があるのかもしれません。

わたしのなかにも、このような考え方がなかったわけではありません。


生も死も、過去と未来に繋がっている


しかし、介護の体験以後、このような考え方が一種のポジショントーク(自分の利益のための語り口)であり、党派的なものいいに過ぎないと思うようになりました。

唐突ですが、わたしは、自己責任論が支配する世の中においては、ひとは極端に死を怖れるようになると考えています。だから、不老不死、あるいは災厄からひとりだけでも逃れられるようにするために防御的になり、お金の力に頼るようになる。

それというのも、介護の経験を経てもう一つ学んだのは、ひとは連綿とした生き死にの帯のようなものだと思えるようになったからです。わたしたちは、たんに同じ時代の他者とだけかかわりを持っているわけではありません。

わたしたちはすでに亡くなったものたちや、これから生まれてくるものたちとのかかわりのなかで生きています。

そう思えるようになれば、わたしは、わたしの前の世代と、続く次の世代を繋ぐバトンランナーのような存在であり、個人の生き死にで完結しているわけではないことが実感できます。

もちろん、これで死の恐怖が完全になくなったわけではありませんし、あいかわらず自分の欲得からは自由になれるわけでもないのですが、少なくとも以前よりは死というものに対する怖れは希薄になったとはいえると思います。

もしも、ひとりの人間の生というものが、ひとりの個体のなかでのはじまりとおわりの出来事であるとするならば、生きている数十年が終わればすべてが終わってしまうわけであり、わたしがいなくなってからの人間の歴史は、関与することも関与されることもない無意味な世界になってしまいます。まさに無縁の世界ですね。

死の恐怖の一端は、この絶対的な孤独、自分がいない世界の無意味性からくるのかもしれません。

呪術的な古代社会から現代に至るまで、ご先祖を祀るという習俗が見られるのも、先祖とどこかでつながりを持ち続けていることを実感することで、現世的な死の恐怖から逃れることができると考えたのかもしれません。

そもそも、わたしたち人間は、自らの意思で生まれてきたわけではないわけです。

なにものかによって、この世に生まされてきたのであり、この受身形としての生を能動的なものすること、別の言い方をするなら偶然を必然にすることが生きるということの意味なのかもしれません。


この連載では、わたしが気にかかっている現代詩のいくつかのフレーズを読み解いてきたのですが、今回は是非ともひとつの詩の全文をご紹介したく思います。現代詩の読者にとってはあまりにも有名であるこの作品を持ち出すのは、すこしばかり気が引けるのですが、そもそも現代詩の読者は多くはないと思いますのであえて、ご紹介したいと思います。

作者は、結婚式などでは定番になっている『祝婚歌』の作者でもある、吉野弘です。

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。


或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕靄(ゆうもや)の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。


女は身重らしかった。父に気兼ねしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。


女はゆき過ぎた。


少年の思いは突飛しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと 諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。

― やっぱり I was born なんだね ―

父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。

― I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね ―

その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってはこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。


父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。

― 蜻蛉(かげろう)と言う虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね ―

僕は父を見た。父は続けた。

― 友人にその話をしたら 或日 これが蜻蛉(かげろう)の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口はまったく退化していて食物を摂(と)るに適しない。胃の腑(ふ)を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりとした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげてるように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて <卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは ― 。


父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものだった。

― ほっそりとした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体 ― 。

(「I was born」吉野弘)

自分を生んで、死んでいったものへの返礼


優れた現代詩人であるとともに、最良の解説者でもある清岡卓行は、「詩人の少年の日の、生と死にかかわる内部矛盾の瞬間的解消」と評しています。内部矛盾とは、死を受け身だと感じていた少年が、生まれないことの幸福を思う死への傾斜と、「卵」に象徴される盲目的な生の欲望という矛盾した思いが詩の中でひとつのこととして描き出されているという意味です。

確かに、人間は誰も、自分の意思で生まれてくるわけではありません。成長する段階で、自分以外のなにものかの力によって、あるいはなにかの偶然によって、あるいは自然の営みのひとつのあらわれとして、自分というものがいまここにあるのだということを忘れてしまいます。

自己責任などといいますが、誰も自分が今ここにあるということに関して、いかなる責任もないのです。そんなものはあるはずはありません。

それでも、もし自分が生まれていまここにあることに責任があるとすれば、それはこの詩が暗示しているように、自分を生んで死んでいったものが確かにいたということに対する責任であり、そこに、おそらくは、ひとつの贈与にたいする返礼の義務のようなものが立ち上がってくるということだと思います。

ひとが生まれて死ぬまでの時間は、個体としてそれを眺めてみれば、それほど長いものではありません。

もし、人間の歴史からみれば一瞬に過ぎない個体の生きている時間の意味とは、贈与したものである祖先と、返礼する対象である子孫とのあいだを繋ぐという役割の中にある。

それを自覚できたときに、偶然に過ぎない、責任のない、生まれてここにあるということが、必然に変わる。

吉野弘のこの詩をはじめて読んだとき、わたしは大きな衝撃を受けました。

「蜻蛉(かげろう)と言う虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのか」というところで、思わず息をのんだのを覚えています。

でも、この問いは、たとえ「二、三日」が「八十年」に置き換わっても同じ効力を持っています。

わたしが、このことに気付くためには、自分が年齢を重ねて、還暦を過ぎて、そして死が身近なものになるまでの時間が必要でした。

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