大和書房 WEB限定連載

言葉が鍛えられる場所 平川克美

第7回 憎しみの場所、悔恨の場所


電車の中吊り広告を見て思うこと


最近電車に乗っていて、週刊誌の中吊り広告を見ていると、げんなりとしてしまうことがあります。中国や韓国に対して、悪意に満ちた、扇情的な言葉が並んでいます。

いったい、いつからこんな排外主義的な記事が、週刊誌に頻繁に登場するようになったのでしょうか。

2007年発足した、在日特権を許さない市民の会(略称、在特会)は、在日韓国人、朝鮮人が様々な特権を付与されており、これを撤廃すべきであるというデモを街頭で繰り返し話題になりました。在日韓国人・朝鮮人の経済的特権がいかなるものであるかについて、わたしは不案内なのですが、おそらくは日本政府が戦中の歴史的な経緯を考慮してかれらに与えているアファーマティブ・アクションとしての福祉給付や優遇税制などに対して、これが不当であり、日本の貧困層に対しての逆差別にあたると主張しているようです。

在特会の主張は、サンフランシスコ平和条約にまで遡る、戦後処理の正当性を問う政治的なものであり、その意味ではイデオロギー的なものなのでしょうが、実際のデモを見ていると、そういったイデオロギー的な主張以上に、排外主義的な感情が強く前面に押し出され、それがいわゆるヘイト・スピーチになって顕れているように見えます。

わたしは、在特会のような政治的な団体が存在すること自体を否定するつもりはありません。かれらのような主張も、ありうるひとつの主張として耳を傾けたいとも思っています。

それらは、戦後処理に関しての日本の政治的立ち位置に関するものであり、もし現在の在日韓国人・朝鮮人に対する行政的な処置に関して批判があるとすれば、その矛先はあくまでも日本の政治的立ち位置を定めた当事者である政治家に向けられるべきであり、在日韓国人・朝鮮人に向けられるべきものではないと考えています。

それゆえ、当今、週刊誌に踊る排外主義的な記事、キャンペーンにも、ヘイト・スピーチに対しても、いかなるシンパシーも持ち合わせず、ただげんなりとするほかはないのです。

それでも、いつの時代においても、筋違いな排外主義感情を持つ人間が一定数いるということは否定できないとしても、その感情にシンパシーを寄せるものが最近とみに増殖しているように思えるのです。

週刊誌が、扇情的な見出しで排外主義的な記事を書くのも、それが売れるからであって、ひとりひとりの記者に対して問うてみれば(もちろんわたしが実際に出会った記者たちに限定されるわけですが)売れるから仕方なくという答えしか返ってこないのです。

では、何故それが売れるのかが問題です。

それはたんに、排外主義的な人間が増えているからでは済まない大きな問題が横たわっているように思えるのです。

先日、拙著『グローバリズムという病』について話をしてくれということで、ラジオに呼ばれ、パーソナリティーの大竹まことさんとお話をしていたときに、自分でも気が付かなかったことに気が付いてハッとしたことがありました。

グローバリズムというのは、主として資本家による経済成長確保のための戦略であり、イデオロギーであるというのがわたしの見立てなのですが、平たく言えば世界をひとつの市場にして、ひとつの市場原理によって経済運営しようというものです。

そうすると、これまで国民国家という枠を作り、その枠の中ごとの言語、文化、政治システム、経済システムを尊重し、それぞれの国民国家はお互いに内政不干渉でやっていきましょうという国民国家のアイデアと正面からぶつかってしまいます。実際にグローバル化している現在とは、国民国家の価値観が揺れ動いている時代だろうと思います。

しかし、ここでひとつの問題がクローズアップされてきました。グローバル化が進めば進むほど、国民国家内にナショナリズムが台頭してきており、いくつかの国家に極右政権が誕生したり、あるいは極右政党が勢力を伸ばしているということです。

わたしは、日本における最近の右傾化傾向、排外主義の台頭もこの流れの中で起きているのではないかと見ています。いや、そのように考えないと、2000年以降唐突に排外主義的な傾向が生まれてきたことをうまく理解できないのです。

もし、これが世界的な傾向であるとするならば、おそらくはグローバリゼーションと、ナショナリズムはひとつの問題の表裏の現象であるというように理解することができます。

グローバリズムが拡散したものは、自己決定、自己責任、自己実現という誰にも頼らず、誰にも責任を転嫁せず、誰の世話にもならずに自分の力で生きろという不思議な価値観です。そうすることで、個人は自由を獲得できるということなのかもしれませんが、およそどんな生物も、単独で生きているわけではなく、どこかで頼り合い、どこかで奪い合い、どこかで生きやすさ、生存の可能性を探り合い、やりくりしながら、他者との折り合いをつけています。

この折り合いの付け方、やりくりの仕方、摺合せの方法を、生物それぞれのやり方を探りながら、環境適応してきました。あるいは、環境適応しえた生物が生き残ってこれたわけです。

場所的な棲み分けもそのひとつで、おなじ餌を食する近隣生物は場所を棲み分けることで、果てしない餌の争奪、殲滅戦を避けてきたわけです。これがエコロジカルニッチであり、国民国家の構想もまた、エコロジカルニッチと相似的な棲み分けであると考えられます。

もし、世界を一つの市場、一つの言語、一つの物差しだけの空間にすれば、その空間においては、それまで棲み分けを可能にしてきた境界が取り払われ、生存の条件である食料や、エネルギーをめぐって近隣の異種が奪い合いの闘争を始めることになります。

ナショナリズムは、エコロジカルニッチが働いているところでは起こりようがないのです。気分としてのナショナリズムは、郷土愛、地元愛といった自らの棲み分け空間への愛着であるパトリオティズムとは違い、もっぱら他者を選別し、異種を排斥するための差別指標を作り出すという形で芽生えてきます。

それはいくつかの生簀で平和に過ごしていた同じ餌を食む異種が、ひとつの生簀に放り込まれた場合に、異種を排斥し合う行動に出ることに似ています。

わたしは、日々目にしている、電車の中吊り広告に踊っている中国人、韓国人に対する攻撃的で、扇情的な雑言を見ながら、エコロジカルニッチが消滅した結果、おなじ餌をめぐって角付き合わせるようになっている悲しき小動物を見ているような気持になったものです。


ああ、今日も餃子を食べたい気持ちだ


排外主義的な言葉を発している人々を見ていて、いつも思い出す詩があります。岩田宏という詩人の、「住所とギョウザ」という詩です。

ここに出てくる住所は、わたしの実家の隣町で、何度もそのあたりを歩いたなじみ深い場所でもあります。この詩で描かれた風景もまた、わたしにとっては昨日のことのように思い出されるなじみ深いものなのです。

前回に続いて、この詩も全編ご紹介したいと思います。

 住所とギョウザ

 大森区馬込町東四ノ三〇
 大森区馬込町東四ノ三〇
 二度でも三度でも
 腕章はめたおとなに答えた
 迷子のおれ
 ちっちゃなつぶ
 夕日が消える少し前に
 坂の下からななめに
 リイ君がのぼってきた
 おれは上から降りていった
 ほそい目で
 はずかしそうに笑うから
 おれはリイ君が好きだった
 リイ君おれが好きだったか
 夕日が消えたたそがれのなかで
 おれたちは風や紙風船や
 雪のふらない南洋のはなしした
 そしたらみんなが走ってきて
 綿あめのように集まって
 飛行機みたいにみんなが叫んだ くさい
 くさい 朝鮮 くさい
 おれすぐリイ君から離れて
 口ぱくぱくさせて叫ぶふりした くさい
 くさい 朝鮮 くさい
 今それを思い出すたびに
 おれは一皿五十円の
 よなかのギョウザ屋に駆けこんで
 なるたけいっぱいニンニク詰めてもらって
 たべちまうんだ
 二皿でも三皿でも
 二皿でも三皿でも!

(「岩田宏詩集」から)

どうでしょうか。わたしは、週刊誌にそれがただ売れるからというだけで、排外主義的な記事を書き続けているライターたちに、この詩を何度でも読んでいただきたいと思います。

何度も何度も読んで、ご自分の気持ちを確かめていただきたいのです。それでも、排外主義的な記事を書きたいなら書けばいいと思います。


この詩が描き出した世界は、わたしが小学校のときの体験そのままであり、わたしもまた 「くさい くさい 朝鮮 くさい」と叫ぶふりをしていた子どもだったことをありありと思い出させてくれるのです。

そして、今でも、この詩を読むと、なんだか泣きたい気持ちになります。

その泣きたい気持ちは、ほとんど言葉にすることができません。

ただ、ギョウザ屋に駆けこんで、ニンニクのいっぱい詰まったギョウザをむしゃむしゃと食べることでしか、解消することができそうもありません。

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