大和書房 WEB限定連載

言葉が鍛えられる場所 平川克美

第8回 言葉が禁じられても


聴きたい声がある


東日本大震災とそれに続く原発事故は、多くの無辜の人命を奪い、家屋を倒壊させ、広大な土地の上に営々と築かれてきた生活を破壊した。その破壊されたもののあまりの大きさに多くの日本人は言葉を失った。

わたしも、そのひとりであり、閖上(ゆりあげ)の小さな山の上から何もなくなった、かつて栄えていた市街を眺めたときは、声も出なかった。

しばらくは呆然とするしかなかったし、呆然とすべきときだろうと思った。

当時、作家の高村薫さんが、新聞の記事で同じことを言っており、大いに共感したのを覚えている。

わたしは、父親の介護の最中であり、ツイッターにはこの災厄の件に関するコメントはなるべく控え、日々の食事についての雑記を綴った。


「今日は駅前のスーパーでキャベツを買う。ついでに肉屋に立ち寄って揚げ立てのとんかつを買った」

「サンマを二匹。大根おろし用の大根一本」

「晴れたので、一週間分の洗濯」


こんな具合であった。

大事にあっても、些事をおろそかにせずの心境だったのだ。

あのときわたしは、「言葉」のない世界の日々を送っていた。


しばらくすると、わたしは「言葉」を聞きたいと切に思うようになった。

実際のところ、あのときも、「言葉」は溢れていた。

それは今も同じだ。テレビからもネットからも、「言葉」が浮遊する塵埃や紙くずが中空に舞うごとく散乱していた。

わたしは、原発事故に関しての政治家のアナウンスも、専門家と称するものたちの「解説」も信ずるに足りないと感じていた。

別に根拠があるわけではなかった。

ただ、「言葉」ということに関してなら、かれらの「言葉」には、何かが決定的に欠けているように思われたのだ。

後にそれらの「言葉」のうちの、いくつかは正確に状況を捉えたものであることが分かったが、それはずっと後になってからの話だ。

多くはただ国民を落ち着かせるための政治的方便であったり、イデオロギーに粉飾された宣伝文句のようなものだったり、冷静さを欠いた臆断だったりした。

わたしは、風雪に耐え、どんな粉飾もない、石のような言葉を聴きたいと思った。

どこかに、信ずるに足る「言葉」があるはずであり、その「言葉」の持ち主たちが沈黙したまま姿を消してしまっている。

そんな感じだった。

自分でやっているインターネットテレビの番組で、緊急特番を組んだ。

一回目は、内田樹くん、中沢新一さんとの鼎談だった。

二回目は、高橋源一郎さんをお呼びした。

三回目は、釈徹宗さん、名越康文さんとの鼎談。

日頃より交際があり、信頼できる作家や思想家と、震災と原発事故をめぐって、お互いに思うところを述べ合った。

高橋さんとは対談だったが、当初の予定ではもうお一人呼びたいということになっていた。

高橋さんにお電話すると、「戦中派の声が聴きたいね」とおっしゃる。わたしも同じことを考えており、古井さんか、鶴見さんをお呼びできないものかと考えていた。

古井さんとは作家の古井由吉さんであり、鶴見さんとは思想家の鶴見俊輔さんのことである。なぜ、わたしたちがそんなことを考えていたのかといえば、戦中派こそ焦土に立って、自分の頭で考え抜いてきたひとたちだからである。

生と死、正気と狂気について考え抜いてきた戦中派の作家と、戦後民主主義の積極的な擁護者としてアクチャルな活動を続けてきた思想家が、この問題をどう考えているのか、その肉声を聴きたかったのだ。

残念ながら、お二人ともお呼びすることはかなわなかった。

わたしも、おそらくは高橋さんも、その名前を口にすることはなかったが、本当は最もその声を聴きたいと思っていた人物がもうひとりいた。いや、後にひとつのニュースが配信されて以来、わたしが勝手にそう思い込んでしまっていたのかもしれなかった。

そのニュースとは、「御所に籠り、天皇が御祈祷されている」というものだった。シェルターへの一時避難や、京都御所への退避をすすめる侍従に、その必要は無しとおっしゃられて、某所にてひたすら御祈祷されているという内容のニュースであった。

そのニュースが、正確な御祈祷の場所を伝えていたかどうかは記憶がない。しかし、天皇が祈祷しているというニュースには、虚を突かれる思いがした。

なるほど天皇の仕事とはこういうことなのか。

わたしは、薄暗い部屋に端坐して、祈りを続ける一人の老人の姿を思い浮かべていた。


沈黙の言葉


あの災厄から三年半が経過した。

わたしは、友人の会社が震災後すぐにボランティアを被災地に派遣し、その後も何くれとなく被災者支援の活動を続けているのを知り、ひとつの提案をした。

仮設住宅で暮らす人々に笑いを提供したいという思いで、被災地落語会をできないかというものであった。友人はすぐにその提案を受け入れてくれて、以後毎年、仮設住宅の集会場で落語会を行っている。友人の会社の人々はその落語会を主催するだけではなく、従業員総出でギョウザを焼き、参加者にふるまう。

もちろん、現地のひとたちは大歓迎してくれるのだが、仮設のひとびとのなかから、いつまでこの状態が続くのか、東京の人たちはこの現実を忘れ去ろうとしているのではないかという不安の声が聞こえてくる。

仮設も三年半を経過すれば、仮設ではなくなる。

しかし、終いの棲家であろうはずもない。

限界が近づいているのがひしひしと伝わる。


オリンピック誘致のプレゼンテーションで、日本国総理大臣安倍晋三は「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている。日本の食品や水の安全基準は世界でも最も厳しく、健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する」と大見得を切った。

わたしはこの政治家の見識を疑った。

かれはどこを見て政(まつりごと)を行おうとしているのか。

それでも、オリンピックの東京招致が決まれば、この発言があらためて問題化され、検証されることはなかった。

オリンピック招致を勝ち取るためなら、どんな虚言でも許されるといった雰囲気が日本全体を覆っていた。

テレビではオリンピックの経済効果が数百億などという言葉が流れていた。

戦後最大の災厄は、確実に風化しつつあり、アベノミクスを掲げて経済の浮揚を作り出そうとする現政権に、国民の多くは支持を与えている。

ほんとうなのだろうか。

それでいいのだろうか。

わたしは、現在の政治状況に関して、苦い思いを噛みしめる以外に何もできないことにすこし苛立っていたと思う。


ある朝、新聞を開くと作家の池澤夏樹さんのコラムが目に入ってきた。

いつもその「言葉」に注目し、最も信頼する書き手が何を言っているのか気になる。

一読し、わたしはあのときと同じ気持ちになった。

その一文はこのように始まっていた。

「天皇の責務は第一に神道の祭祀(さいし)であり、その次が和歌などの文化の伝承だった。国家の統治ではない。だからこそ、権力闘争の場から微妙な距離をおいて、百代を超える皇統が維持できたのだろう。」

池澤さんが日本文学全集を編纂しているとの情報を耳にしていたので、最初は、ああそうか、古事記のことを書こうとしているのだなと思いながら読み進めた。

読み進めるうちに次の文章が出てきてはっとする。

「日本国憲法のもとで天皇にはいかなる政治権力もない。時の政府の政策についてコメントしない。折に触れての短い「お言葉」以外には思いを公言されることはない。行政の担当者に鋭い質問を発しても、形ばかりのぬるい回答への感想は口にされない。つまり、天皇は言論という道具を奪われている」

「天皇は言論という道具を奪われている」


この言葉に虚を突かれた。

日本には基本的人権をあらかじめ奪われている存在がある。それが、天皇陛下である。天皇は言論という道具を奪われた存在なのだ。あらためて言われてみればそのとおりである。わたしたちは、なんとなく基本的人権は天賦のものだと考えてきた。しかし、この天賦人権説は天皇だけには当てはまらない。

あのとき、つまり2011年3月、わたしは天皇の声を聴いてみたいと思った。そして、天皇が御所に籠って祈祷をされているとの報に触れ、天皇の声を聴いたように思ったのだ。

「七月二十二日、今上と皇后の両陛下は宮城県登米市にある国立のハンセン病療養所「東北新生園」を訪れられた。これで全国に十四カ所ある療養所すべての元患者に会われたことになる。六月には沖縄に行って、沈没した学童疎開船「対馬丸」の記念館を訪れられた。戦争で死んだ子供たちを弔い、今も戦争の荷を負う沖縄の人々の声を聞かれた。昨年の十月には水俣に行って患者たちに会われている。東日本大震災については直後から何度となく避難所を訪問して被災した人たちを慰問された。

これはどういうことだろう。我々は、史上かつて例のない新しい天皇の姿を見ているのではないだろうか。」

池澤さんの書いた記事を読み進めるうちに、わたしは身体が熱くなるのを感じていたと思う。天皇は「言葉」を禁じられた存在なのだ。その「八十歳の今上と七十九歳の皇后が頻繁に、熱心に、日本国中を走り回っておられる」。

ここに、天皇の「言葉」がある。

それを池澤さんは、「訪れる先の選択にはいかなる原理があるか?」という言葉で書いている。天皇の行動の原理。それは、天皇の行動を見ていればわかる。

老齢に達している天皇が、身体に鞭打って何かを語り続けている。語ることを禁じられた天皇が、祈祷だけは許されていたように、その行動で何かを語り続けている。

その声は届く者には届けられている。

そう池澤さんは書いている。

「今上と皇后は、自分たちは日本国憲法が決める範囲内で、徹底して弱者の傍らに身を置く、と行動を通じて表明しておられる。お二人に実権はない。いかなる行政的な指示も出されない。もちろん病気が治るわけでもない。」

この天皇の行動は際立っている。安倍晋三内閣総理大臣は、49ヶ国歴訪したと新聞が報じている。地球外交を誇っているのか。しかし、最も行かなくてはいけない場所を訪問してはいない。この雄弁な政治家は、行動に置いても雄弁さを発揮しているが、天皇の行動とは比較すべくもない。

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