大和書房 WEB限定連載

言葉が鍛えられる場所 平川克美

第10回 愚劣さに満ちた世界で、絶望を語る


言葉への懐疑


詩人も批評家も、自らの言葉を信用して作品を書いているように思われるかもしれない。

だが、ことはそれほど単純でもなければ、善意に満ちたものでもない。

自分の言葉が信用できないことは、批評家であるために必要な事なのかも知れないと思うことがある。

鮎川信夫という詩人であり、批評家でもあった、戦後日本の文学者のなかで、最も重要な人物のひとりについて思い浮かべるとき、わたしは自ら発した言葉の前で、暗い顔でうつむき、希望と厭世の狭間で佇む詩人の姿が目に浮かんでくる。

1963年に行われた「詩の教室」という講演において、鮎川信夫は詩人が自らの言葉を信じ得なくなったら終わりだと述べている。

持てる者と持たざる者、飢えたる者と飢えない者、白と黒といった対立は現実の問題なのですが、その場合、そうした世界に向かって、詩人というものが果たしてどこまで自分の詩の影響力、あるいは詩の言葉の貫通力を信ずることができるのかということはいちばん問題になるところだと思うのです。詩人が自らの言葉を信じ得なくなったら、それでもう終わりです。
(現代詩文庫 鮎川信夫詩集 (思潮社)より)

いったい、鮎川信夫は何を言おうとしているのか。鮎川がここで信じ得なくなったら終わりと言っているのは、言葉の内実、つまりはそれが真実か否かということについてではない。自らの言葉には「影響力」や「貫通力」があるということを信じられるか否かということを言っている。これは、詩人の言葉としては意外であるといってよい。

何故なら、通常は詩人とは、「影響力」や「貫通力」といった実効性、遂行性、現実性、即物性とは無縁なところで言葉を紡いでいるものだと考える方が普通だからである。

リルケもマラルメも、現実を変革しようなどとは考えなかっただろうし、その必要もなかった。詩人は、特権的な孤独のなかで、呻吟しながらも自分に向けて言葉を紡ぐ権利を有していた。

Le vierge, le vivace et le bel aujourd’hui…
(処女にして、生気あふれ、そして、美しい今日・・・)

マラルメが、唇の上で心地よい振動を奏でる韻を踏み、その韻を少しずつずらしながらこのようにうたうとき、わたしたちは、だれもがおよばないようなしかたで、感受性を言葉に換え、それが人間とその世界との関係の内部にある真実を浮かび上がらせるのを目撃して驚嘆した。分かり易く言えば、彼ら芸術家は美を求めたのであって、現実の変革などは、俗物の仕事でしかないと考えていたのではないのか。


ところが、鮎川信夫は、ここで言葉の内実の真偽について述べているわけではなく、言葉の効果について述べているのだ。美について述べているのではなく、効用について述べているのである。

そして、詩人は、言葉の真偽に責任を持つのではなく、言葉の効果に責任を持つべきだと言っている。あるいは、こうも言えるかもしれない。自ら詩人であることを否定して、詩を書き始めたのが「荒地」の詩人たちであり、鮎川は、戦後の荒廃の中に立って、それまでのすべての詩的なものと決別するところから言葉を紡ぎ始める決意をしたと。


ところで、先の鮎川の言葉は、W・H・オーデンの有名になった詩句である「われわれはお互いに愛し合わなければならない。しからずんば 死あるのみ」という一節にまつわる出来事についての話の続きで語られたものである。

鮎川信夫は、T・S・エリオットや、W・H・オーデンといった詩人たちの語法の中に、日本の詩人たちが持ちえなかった批評家の姿を見ていた。

それは、自分の言葉を信じられない詩人であり、日本的抒情詩や前衛詩人たちには見出すことのできないタイプの詩人であった。

鮎川信夫の世代の詩人が、戦争を潜り抜けた後でどのように再び詩を書き始められるのかを自問しなければ、出会うことのなかった詩人であったのかもしれない。

オーデンのこの詩「1939年9月1日」のなかで、先の章句が出てくるのは次の部分である。

All I have is a voice
To undo the folded lie,
The romantic lie in the brain
Of the sensual man-in-the-street
And the lie of Authority
Whose buildings grope the sky:
There is no such thing as the State
And no one exists alone;
Hunger allows no choice
To the citizen or the police;
We must love one another or die.

1939年9月1日とは、ナチスドイツがポーランドに侵攻した日であり、第二次大戦が勃発した日である。

「錯綜した嘘や、普通の人々が頭の中で空想が作り上げた嘘や、虚空に聳える伽藍のような権威による嘘を取り消すために、私たちが持っているのは声だけである。国家なんていうものはないし、誰も一人では生きてはいけない。市民も警察官も等しく飢えからは逃れられない われわれは愛し合わなければならない。しからずんば 死あるのみ」

オーデンのこの詩は有名になり、イギリス前首相のマクミランも演説に使ったという。しかし、オーデンは改訂版のときに、この有名な部分「われわれはお互いに愛し合わなければならない しからずんば 死あるのみ」と言う部分を抹消してしまう。

オーデンは何故、この部分を消してしまったのか。

この「事件」は、大きな問題になり、オーデンは最終的に次のような言葉を残すことになる。

Because we are going to die anyway.
(われわれはどっちみち死ぬんだから)

この言葉をわたしたちはどのように理解したらよいのか。


言葉を信ずるということの意味


W・H・オーデンは、自分が苦労して紡ぎ出した言葉であり、世間で高く評価された言葉を何故、抹殺してしまったのか。

そこに、現代詩人W・H・オーデンの絶望の深さを読み取ることができるかもしれない。

鮎川信夫は、ここに詩人の「思いやり」を読み取ろうとする。

しかしオーデンが成功的な詩行を自分の詩集の中に入れることを憚ったそこには現代社会に対するペシミズムがあると同時に一種の知恵があると思うのです。いや、ペシミズムというより、人間の限界に対する一種の思いやりであるといった方がよいかもしれません。(引用、同上)

どうだろうか。鮎川は、いったい何をもって「思いやり」などというあいまいな言葉をもってきたのだろうか。

オーデンがこの詩句を抹消した理由の本当のところはよく分からない。わたしには、人間の愚かさを激しく攻撃するこの詩を書いている本人自身もまた、その愚かさを併せ持った人間のひとりであり、その人間が正義の言葉をこのようなかたちで書き記すということの欺瞞に気付いてしまったということではないかという気がする。

それでも、よくわからない。

この詩は、ここで終わってはいない。

まだ、最終連が残っている。

Defenceless under the night
Our world in stupor lies;
Yet, dotted everywhere,
Ironic points of light
Flash out wherever the Just
Exchange their messages;
May I, composed like them
Of Eros and of dust,
Beleaguered by the same
Negation and despair,
Show an affirming flame.

無防備な夜のなかで、世界はだらしなく横たわっている
それでも、正義がメッセージを交し合うところではどこでも、
皮肉な光が瞬いている
わたしも、それらと同じエロスと塵埃から生まれたものであり、否定や絶望に囚われているけれど、確信に満ちた明るい炎を燃やすことができるのだろうか

詩人が当為の言葉を語るとき、かれは自分が歴史の審級者になっていることを自覚しているだろうか。オーデンはそんな資格は自分にはないと言うだろう。自分もまた、エロスと塵埃から生まれたものであり、資格のない正義のメッセージを交し合うものである。

そんな自分でも、この世界に明るい炎を燃やすことができるのだろうか。

この詩の冒頭に目を戻すと、そこには52番街の安酒場で一人座って、過ぎ去った10年間を思い、死の匂いに挑発される詩人の姿が描写されていることにあらためて気付く。

オーデンが、当為の言葉を書けなかった理由がわかりそうな気がする。

世界は愚劣さに満ちており、その世界を構成している人間も希望を語れるような存在ではない。希望を語る語法ではなく、絶望を語る語法が必要なのだ。なぜなら、われわれにはまだ絶望が足りないからだ。

オーデンが言っているのはそういうことのように思える。

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