大和書房 WEB限定連載

考える練習 保坂和志

第10回 「カネを中心にした発想」から抜け出す(上)


「情報収集」なんてしなくていい

 ――保坂さんは「おカネ中心の考え方から抜け出そう」とおっしゃっていますが、
実際にいま本当に厳しい状態で、「おカネがなくてこれからどうしよう」「将来が
不安だ」と思っている人には、どういう言葉をかけられますか?

 保坂現代社会のマネーの問題のひずみについて、その解決策をマネーの話で処
方しようという発想が間違っていて、僕の場合は小さい話をしたほうがいいと思っ
てる。

 だから、日本の年間の自殺者は3万人になっています、世間はこんなに大変な状
況です、ということに対する僕の回答は、たとえば「カフカを読むことだ」ってい
うことになる。対抗すること、カウンターを出すことが遠回りだけど解決になると
思う。

 現代社会と戦うのに自分の足場を何で固めるかって考えたときに、現代社会を乗
り切るための知識や知恵を詰め込んでいってもたぶん現代を乗り切ることはできな
い。そういう知識を入れれば入れるほど、じつは飲み込まれていく。

 だからそんな情報は入れなくていい。そういうものは入れなくたって自然に入っ
てきちゃうものだから。新聞を読まなくたって見出しで入ってくるし、テレビをつ
けていたらニュースから全部入ってきてしまう。

 わざわざ自分の時間を使うんなら、やっぱり小説を読んだりしているほうがいい。

 新聞にしろ何かの入門書とか解説書とかだったら、テレビを流しっぱなしでも読
めるんだけど、小説は読めない。小説はそこがすごいんだよ。

芸術は「技術」ではない。では何か?

 その小説を読む時間の重要性をどうやって伝えるか、伝えるために考えるってい
うのが僕にとっては重要なんだけど、その話はまたするとして、ちょっと話を迂回
すると……あの、立川談志って声を守ろうとして、声帯の除去を拒否しつづけたの
が命取りになったっていうよね。

 でも声帯を取れば生き永らえられるとしたら、どうして手話落語とか筆談落語と
かをやらなかったのかなって思うんだよ。そういうことを考えなかったのが失敗だ
とかそういうことを言いたいわけじゃなく、何でそういうことを考えなかったのか
なと。

 ――ずっとしゃべりでやってこられたので、他のスタイルではそれ以上のものが
できないという考えがあったんじゃないでしょうか。

 保坂なんかそれって『相棒』の杉下右京と亀山薫みたいなやり取りだよね(笑)。
とりあえずこの場は納得しちゃおうっていう。でも、それは凡人の考えることじゃ
ない?

 落語だって本当の名人になると、そんなにきちんとしゃべる必要はないと思うん
だよ。ここが工芸と芸術の違い、職人とアーティストの違いで、工芸っていうのは
技術だけど、アートは技術じゃない。

 誰だって歳を取れば口がうまくまわらなくなるし、頭にあることをすばやく言え
なくなってくるから、立て板に水っていうふうにはならなくなってくるわけでしょ
う。

 でも名人だったら、ろくにしゃべれなくてもいいと思うんだよ。それでも十分に
笑わせるか、笑わせなくても、なんか満足させられればいいわけだよね。流れるよ
うにしゃべるとか笑わせるとかっていうのはまだ技術にこだわっているわけで。

 だから芸術っていうのはコンセプトの問題であって、技のことじゃないんだよ。

「生きる幸せ」は「名声」にはない

 それでついこの間聞いたんだけど、平凡社の東洋文庫ってあるよね。

 いまから何年か前の話らしいんだけど、あるとき平凡社に「私は50年前に東洋
文庫の執筆を依頼された者です」って電話がかかってきたんだって。当然、80過
ぎのおじいさん。いや、70代ということもあり得るか。

 で、「最初の編集者は引退されて亡くなりました。2人目の編集者も引退されて、
その後はそれっきり編集者はついていませんけれど、50年かかって原稿を仕上げ
ました、2000枚です」って言うわけ。

 その電話を受けたのはわりと入社間もない人だったんだけど、上の人に相談した
ら、「会社のプライドにかけて出版する」っていう話になったんだって。細かいと
ころで聞き間違い、記憶違いはあるかもしれないけど、大筋としてそういう話。

 それで僕が何を思ったかっていうと、その電話をしてきた人は50年間同じこと
を研究して書きつづけてきたわけだけど、そういうことがいちばんの幸せだと思う
んだよ。

 世間に忘れられるとか脚光を浴びるとか、そんなこととは関係なく、50年間や
りつづけられるものを持っていた。これにかなうものはない。

 いま、そういうことはやりにくくなっているし、そういうことが通じにくい時代
なんだけど、生きる幸せって要はそういうことだと思うんだ。

 昔、僕が小学校から中学にかけてのときに一度ならず聞いた話で、太平洋戦争の
時代、ある学者が象牙の塔に立てこもって研究にあけくれていて、戦争があったこ
とも知らなかったっていう話があった。その話自体は本当はフィクションかもしれ
ないけど、それはとてもネガティブなこととして語られていたんだ。そういうこと
がプロパガンダになるんだよね。そんな世間から隔絶して自分のペースを貫くのは
バカなことだっていうプロパガンダ。

 でも、平凡社の話のその人もそうだけど、やっぱりそういう人は立派な人、美し
い人だと思う。

好きなことをブレずに追求する

 この間NHKの「日曜美術館」でも、桃山時代くらいに描かれた王侯騎馬図につ
いてやっていて、それは日本人が屏風に描いたものなんだけど、ヨーロッパの王様
が馬に乗っている図が西洋画の画法で描かれてるっていうのね。

 まだ西洋画がなかったときに、そういうものを描いた人たちがいる。

 なぜかというと、当時、布教に来た修道士がいっぱいいて、その中には絵を教え
られる人もいた。布教のためには絵って大事だからやっぱり絵描きがいるんだよね。
そういう話なんだけど、そのとき解説した人が、『二十四時間の情事』に出ていた
岡田英次みたいなものすごいいい顔をしていたんだ。

 南蛮の絵みたいなその王侯騎馬図を描いた人と王侯騎馬図を研究している人が、
まるでどこかで血がつながっているかのように見えた。ヨーロッパ人の血が入って
いるかのように見えて、まずそれで目をひいて、それから岡田英次みたいと思って、
70代くらいなんだけど着ているものもきれいなわけ。

 それで一緒に見ていた妻に、「こんなカッコいい人、役者とかモデルにだってな
れたんじゃないか」って言ってから、ふと気がついた。

 たとえば歌手とか俳優とかモデルとか、人からうらやましがられるような仕事っ
ていろいろあって、人ってなんとなくそういうものをやることが幸せなんだと思い
がちだけど、実際には自分がいいと思うこと、好きだと思えることを追いかけるほ
うがずっと喜びが大きい。本当の喜びは、人から追いかけられるより自分が追いか
けるほうにこそある。そういうほうが、人生としてずっと幸せなんだよ。

 そう思った翌日に、さっきの東洋文庫の話を聞いて、やっぱりそうだと思った。

 この現代と戦うこと、対峙することって、ひとつにはそういうふうに考えること
なんだよ。

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