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Web限定連載

優柔不断なコメンテーター<香山リカ>
イラスト:©益田ミリ

第80回 姉のような美しい母親のもとで

 あなたを育てたのはこの私、という母親の切り札。
 これは、「たとえあなたがどんなに立派になったとしても、母親を超えることはできな
い」という“通告”でもある。

 母親が年収100万のパート勤めで、娘が年収500万円のビジネスパーソンだったとしよう。
収入だけで考えると、娘は明らかに母親を上回っている。しかし、母親は「その高い年収
のあなたを産み、育てたのは私」と主張すれば、結局、娘はそれにかなわないことになる
のだ。
 これが父親と息子であれば、「乗り越え」はもっとわかりやすく行われる。父親の年収
が500万、息子が600万であれば、「息子はついに父親を超えた」のだ。いわゆるエディプ
ス・コンプレックスの理屈がそこには働いている。
 ところが、母親というのは倒され、超えられる存在ではなくて、呑み込み、増殖する存
在である。だから、娘が活躍すればするほど、そのパワーを得て母親はもっと強力になる
だけで、決して「娘に超えられた」とはならないのだ。

 そのことをときどき娘に思い出させるために、母親は“立派になった娘”の弱点、欠点
をそれとなく指摘する。
「いくら大臣になっても、ハンカチをきちんとたためないところは、子どもの頃から少し
も変わってないじゃない」「あ、またクツのかかとが右だけすり減ってる。大きな会社の
経営者がこれじゃ笑われるわよ」。
 そういった子ども時代からのクセを知っているのは、母親だけなのだ。
 もちろん、母親は息子にも同じような指摘をするのだが、すでに父親を乗り越えた息子
は、それを余裕の態度で聞き入れることができる。「やっぱり母さんにはかなわないな」
と言えるのは、息子は「勝ち負け」という次元では勝利をおさめているからなのだ。

 母親の中には、もっとストレートに自分が勝利していることを誇示するタイプもいる。
 男性恐怖と適応障害で診察室に通っていた30代のサツキさんの母親を見て、驚愕したこ
とがあった。
 「すみません、今日はサツキ、風邪でうかがえないからクスリだけ取ってきてほしい、
と頼まれまして…」
 そう言って頭を下げる女性は、どう見てもサツキさんの母ではなくて姉に見えた。いや、
サツキさんはどちらかというと目立たない地味なタイプなのに対し、母親は女優かと見紛
うばかりの華やかさ、姉にさえ見えないというのが正直なところだった。

 なぜ、化粧っ気もないサツキさんの母親が、ロングヘアをクルクルとカールさせ、首元
に何連ものパールのネックレスを巻きつけた人なのか…。
 その話はまた次回。

今週の香山リカ

● 平成22年11月19日 ●
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うのがうれしい季節に…。今年は種
類も豊富でうれしさ倍増です。
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