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Web限定連載

優柔不断なコメンテーター<香山リカ>
イラスト:©益田ミリ

第83回 震災が開けた「母と娘」のパンドラの箱

 いつも私を支配しているのだから、震災のときも変わらず過干渉、過介入でいてほしか
った。
 前回は、そんな奇妙な母娘関係について紹介した。
 つまり、娘たちは「私にかまわないで」とメッセージを発しながら、「もっとかまって」
とも言っているのだ。
 これは、境界性パーソナリティ障害の人たちに見られる独特の対人距離のあり方と、ど
こか共通している。このきわめて不安定なパーソナリティ傾向を持つ人たちは、特定の人
物に対して「私を見捨てないで」とはげしく「しがみつき」と呼ばれる執着を見せる一方
で、「相手に自分の主体性をすべて奪われるのでは」という「のみ込まれ不安」という心
境にも陥っている。この人たちの心理を家族などに向けて解説したアメリカの心理学者が
書いた本には、こんな言葉が記されている。
 
 境界性パーソナリティの人たちは、こう言っていると考えてください。「離れていてよ、
もう少し近いところで。」
 
 もちろん、こう要求された人は、困ってしまう。「離れて」と言われて去ろうとすると、
「行かないで」と引き止められる。「じゃ、そばにいるね」と近づこうとすると、「もっ
とあっちに行って」とうとまれる。「いったいどうしたらいいんだ?」と混乱する家族も
少なくないが、そういう人に対しても「離れていてよ、もう少し近いところで」を理解し
てもらうしかない。
 
 支配的な母親と接しているうちに、娘はいつの間にかこんな心境に陥ってしまうのでは
ないだろうか。「もうお母さんの顔も見たくない! 私を自由にして」と家を出て行く。
母親のなかにはそれでも娘をコントロールする人もいるが、「あなたがそこまで言うなら」
と連絡を取ることさえ自ら絶つ母親も少なくない。
 そうなると今度は、娘側から「そういえば、何年か前に貸した私のバッグ、返してくれ
ない?」などと何かにつけて用事を作っては、母親に接近しようとするのだ。もちろん、
娘は言う。
「お母さんの顔なんて見たくないのよ。私はあのバッグが必要になっただけなの」
 しかし、それはまさに「離れていてよ、もっと近いところで」の心境から出た行動であ
ることは、言うまでもない。
 ただ、日常的な毎日では、その「もっと近いところで」の部分は、自分でも認めたくな
いために巧妙に隠されている。だから、その部分は「バッグを返してよ」「どうしても実
家に置いてきた靴が必要になったの」などとあれこれ理由をつけて、実行されることにな
るのだ。
 
 ところが、大震災という有事は、多くの人たちの心を丸はだかに、とてもシンプルなも
のにした。震災にあたって自分の配偶者を「見直した」と答えた人が8割にも上った、と
いうアンケート調査の結果が発表されたこともあったが、それなども「私には、そばにい
てくれる人がいてよかった」という素直な気持ちのあらわれだろう。
 多くの親子も、「お母さん、大丈夫?」「娘や息子は無事なのか。すぐに確認に行きた
い」とお互いに真っ先に心配し合い、確認や救出のための行動に出たと思われる。
 そこで、ふだんは「お母さんの顔なんて、悪いけどもう一生、見たくない」とまで言っ
ていた娘の中に、「離れていてよ」ではなくて「もう少し近いところで」の部分を全開に
してしまった人が少なくないのではないだろうか。
 
 震災が開けた、娘の心の「パンドラの箱」。次回、もう少しこの話をしたい。
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