10 背中見せていこう!

40歳を目前に控え、カルチャー的なものが好きでそういう場所に行っていると、だんだん周りがみんな年下ばかりになってゆく。若くて才能のある人たちの前で先輩ヅラをするのも変な感じがするし、「ここは私が全部持つから好きなだけ飲んでね」と言えるほどの甲斐性もまだないのだけれど、敬語を使われるし、ありがたいことに、尊重してくれる人もいたりする。こういうときにあんまりへりくだっても、逆に相手を困らせてしまう。そろそろ年齢的にも立場的にも、ある程度図々しく先輩ヅラをすることを覚えたほうがいいんじゃないか、と思うようになった。

急に先輩ヅラができるものでもないけれど、20代の子たちと同じ振る舞いができるわけでもない。したいとも思わない。どんな「先輩」が感じよくて、押し付けがましくなくて、説教くさくないんだろう。そんなことをちょっとだけ考えるようになった。

夏がちょうどいま始まったみたいな日に、小規模のフェスがあった。半日のデイイベントで、22時ぐらいには終わってしまった。私は酔っていて、好きな音楽で踊って、そのまま帰る気になれなくて、六本木で飲んでいた別の友達たちと合流して軽く食事をした。12時前にそろそろ終電だね、と言ってみんなが帰り始めた頃に、「雨宮さんに会いたがってる大学の同期の女の子がいるんですけど、これから時間ありますか?」とフェスに行ってた友達からLINEが来た。私は帰るのをやめて、ウエンディーズで酔い覚ましのカフェラテを飲んで、その子たちが来るのを待った。一回りぐらい年下の子たちが六本木にやってきて、合流して、北京ダックを注文した。

私は暖かい菊花茶を飲んでいて、もうとっくに酔いは醒めていたけれど、若い女の子の恋愛の話は面白くて、ああ、いつか、この苦しさも込みで財産になるんだよなぁ、なんて思ったりして、まぎれもなく心が先輩モードになっていることを実感した。私も5年ぐらい前に買ったことのある、デザイン性が高いわりに価格の安い素敵な星座のネックレスのシリーズを彼女は着けていて、デザインの都合上そのネックレスはどうしても形が変形して落ち着いてくれないのだけれど、私が着けていたときと同じように動いて落ち着かないそのネックレスの形を見つめて、懐かしく思ったりもした。

彼女は今は東京に住んでいるという話だったけれど、二人とも関西の子だった。話の途中でふと「そういえば『シン・ゴジラ』まだ観れてないんすよ。明日の朝イチとかどっかでやってないですかね? でも混んでますよね、夏休みだし……」と一人が言いだしたので、私は思いっきり先輩ヅラして円卓をバンバン叩いた。「ねぇ、東京なめてんの? 祝日とか週末とか、東京には一晩中映画やってる映画館あるんだよ?」「え、嘘でしょ? もう0時過ぎてますよ?」「2:15の回があるよ」「終わるの4:30とかじゃないすか……まじすか、寝ませんか?」「寝てもいいなら行こうか」「行きます?」「行ったほうが楽しくない?」「……いいかもしれないですね」「私、このテンションならぜんぜん行ける」。そんな話をしつつ飲んでいて、「やばっ、もう2:10ですよ!」「大丈夫大丈夫、まだ予告編やってるから間に合う! 10分遅れても平気だよ」と言って秒速でお会計を済ませて外に出た。

私はその日、トルコ石のようなブルーのワンピースを着ていた。金糸の刺繍が施してある、安っぽいんだかなんだかわからない不思議な服で、胸元と背中が大きく開いていた。けやき坂を「こっちこっち!」と言いながら走り出すと、星座のネックレスをした彼女が「なんか、あの背中についていったら、楽しいことがありそうな気がする」と言った。

予告編が終わる前に私たちは劇場に無事に滑り込み、みんなで『シン・ゴジラ』を観た。私は二度目だったけど、好きな映画なので楽しく観た。深夜の上映は人も少ないし、気楽な雰囲気で、私はそれが好きだったから、初めての二人を深夜の映画館に案内できるのが嬉しかった。寝ても全然いいから、この感じを味わってほしかった。「もうちょっとで最高の場面くるから寝ないでね」って、こそこそおせっかいなことを言ったりして、お菓子を食べたり、眠いから目薬をさしたりしながら観た。私はもうとっくに酔いは醒めてるはずなのに、音楽がかかるたびに指揮棒を振りたくてたまらなくて、深夜の変なテンションになっていた。その状態で観る『シン・ゴジラ』が楽しくないわけがない。

上映が終わって映画館を出ると、もう夜明けだった。六本木ヒルズの映画館は少し高いところにあって、東京の景色が見える。「あの映画のあとにこの感じ、すごいっすねー」と言うので、「絶景スポットがあるからそこ行こうよ。まだ始発動かないし」と言って、東京タワーが見える屋外の喫煙所に行った。

「うわー……東京って感じする!」。そう言ってもらって、私は、別に自分が作った景色でもないのに、すごく嬉しかった。先輩ヅラって迷惑で、押し付けがましくて、嫌なもんだとばかり思ってたし、だいたい後輩は逆らいにくいもんだからめんどくさいだろうな、と思っていたけれど、強引に連れてきて、連れてこられる側にとってはなんだか変な体験だったとしても、それで良かったのかもしれない、と思った。

「この感じいいよね」と言いながら、私たちは始発を検索し、駅に向かって歩いて、手を振って別れた。「なんか今日、めっちゃイキイキしてませんか? 六本木の女王みたいになってますよ? 普段こんなじゃないですよね?」と言われて、私もなんかその日は変だったんだろうな、と思った。そりゃそうだ。先輩ヅラデビューの日なのだから。

先輩だからって、いつも正しいことなんか言えない。自分だってまだ正しいことなんて何なのかわからないのに、他人にとって何がいいのかなんてわかるはずがない。人生経験が10年20年あるからって、そんなのどうでもいいことだ。時間だけじゃなくて濃度の問題もあるし、みんな誰でも、自分の経験してきたこと、自分の考えてきたことしか知ることはできない。先輩後輩なんて、本当はない。 私の知らないことを、他人は知っている。そして自分は、自分に関することしか、最後まで知ることはできないのだ。

けれど、「年上の人」として何かを求められたときに、一晩だけでも楽しいことができたら。相手の日常と違う軌道を見せられたら、それはちょっと、なんのためにもならないかもしれないけれど、いいことなのではないか、と思った。先輩ヅラを引き受けるのも、案外悪くないかもしれない。V字に開いたドレスから見える背中が、素敵なものに見えていてくれたらいい。いや、素敵じゃなくても、見せるような綺麗な背中じゃなくても、なんか楽しそうな人に見えていてくれたらいい。年上の人たちが楽しそうなだけで、年下の人間は希望が持てるのだから。

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