大和書房 WEB限定連載

いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵

vol.8  今になってわかること



 首が回らなくなった。
 やりくりがつかなくなった、方ではなくて、身体的に。

 とにかく痛くて病院に行った。
 首だけでなく肩も頭も痛い。痛みは右側に集中している。立って
いるのも座っているのも、寝ているのも辛い。夜は、何とか和らぐ
姿勢を見つけて寝るのだけれど、一時間ぐらいで目が覚めてしまう。
ベッドに腰掛け、痛みが落ち着くのを待って、また少し眠る。もう、
何にもできない。
 せっかくの約束もキャンセルせざるを得なくなった。
 病院でレントゲンとCTスキャンを撮ってもらったが、結果は、
強度の肩こりからくる筋肉痛ということだった。
「そんなに心配することはありません。一週間ほど様子を見ましょ
う」
 と、医者は言った。
 これも職業病のようなものだろうか。

 何も今回のことだけではなくて、ここのところ、身体にいろんな
不調が現れるようになった。
 いつも、どこかが痛い。どこかが重い。どこかがだるい。
 まあ、私もそんな年になったということだ。

 そんな時、ふと「母親は私の年の頃、どうだったんだろう」と考
える。

 年を取るに従って、母に似てくる自分がいる。
 若い頃はほとんど感じなかったのに、夜、クレンジングをした後、
鏡に映る自分の顔に母がいてびっくりする。
 そう言えば、母もよく「首が痛い」と言っていた。縫い物好きの
母は、家事の合間にしょっちゅうミシンを踏み、針仕事をしていた。
ある意味、今の私と似ている作業とも言えるだろう。
 だとしたら、今の私と同じ症状だったかもしれない。
 それを確かめてみたいけれど――。
 残念ながら、母はもういない。

 私と母の関係はいたって普通だった。
 普通という言い方もどうかと思うが、本当に子供だった頃は別と
して、当然ながら反抗もし、反発もし、ケンカもし、葛藤もあった。
理不尽な八つ当たりもした。
 それでも、そんなのはよくある話で、軋轢と呼べるほどのことは
なかったし、強度の依存もあるわけではなかった。
 決して冷ややかな関係というわけではなくて、それは私が三番目
の末っ子に所以しているのではないかと思う。
 初めての子である姉は、きっと母も緊張し大切に育てたに違いな
い。二番目は兄なのだけれど、長男ということで、これまた気を遣
ったはずである。
 どこの家でもそうだろうけれど、三番目の子供ともなると、ある
意味、放任される。
 姉兄に較べて、私の写真だけ極端に少ないのがいい例だ。まあ、
三番目以降に生まれた子供は大概、同じことを言う。

 私は、母の三十五歳の時の子供で、つまり、母が私の年の頃、私
は二十二歳だった。
 私自身、自分のことで頭がいっぱいの時期であり、その頃の母の
体調や気持ちがどうだったかなど、ほとんど意識していなかった。
 ある意味、母と私はまったく別の世界を生きていた。

 それは時間が経っても、大して変わらなかった。
 姉と兄は二十代のうちに結婚し、子供をもうけた。地元に住んで
いたせいもあり、まだ体力も気力も十分だった母は、せっせと手伝
いに出掛けていた。孫たちも母を慕っていた。
 いっぽう三番目の私は、いつまでも独身で、子供もいなかった。
地元を離れていたせいもあり、母との接点が薄くなるのは当然だっ
た。
 母は、結婚もしない(できないとも言える)私に頭を悩ませてい
たようだが、私は私で、(内心は葛藤だらけだったが)独身生活を
楽しんでいる、と、見栄を張っていた。
 その頃の私には、母がしてきた経験は必要ないものばかりだった。
専業主婦だった母は、きっとそんな私をどう扱っていいのかわから
なかったに違いない。私も、母に対して、女ひとりで生きてゆくこ
との大変さなんてわかるはずがないと思っていた。

 とりあえず、社会的には一丁前の顔をし、 自分の食い扶持は自
分で稼ぎ、時には「これ、気持ち」なんて、母にお小遣いを渡した
りもしていたが、だからと言って、私は大人ではなかった。
 妻でも母でもない私は、結局のところ、いつまでも娘というポジ
ションにいた。
 そして、言うに及ばず、娘は母親に対して辛辣なものである。

 これも、今の私の年の頃からだと思うが、母はよく同じ話をする
ようになった。
 話はいくつかあるのだけれど、親戚とのイザコザが十八番で、帰
省するたび「あの時はねえ」と始まった。
 私は聞き飽きているので「その話はもう何度も聞いた」と、打ち
切ってしまう。母は「そうだったかしら」と、その場は口を噤むの
だが、次に帰るとまたその話が始まる。
 どうして忘れてしまうのだろう、と、私は呆れていた。これが老
化現象の始まりか、とも思っていた。

 それが今、私も母と同じことをしている。
 そして、しょっちゅう、家人に「その話は聞いた」と言われてい
る。

 しかし、それで理解できたこともある。
 決して話したのを忘れているわけではない。ただ話したいのだ。
今はその話をしたい気分なのだ。それだけなのだ。それが家人には
わかってもらえない。
「その話は聞いた」という家人の呆れ顔に、かつての私が見える。
そして、私の中に、確かにあの頃の母がいる。

 申し訳ないことをしたなぁ、と今更ながら思う。
 古い映画を何度も観るように、結末を知っていても繰り返し読む
小説のように、オチがわかっていても聞く落語のように、母の話を
聞いてあげればよかった――。

 こうして年をとるにつれて、自分が間違いなく母親の血を引いて
いることに納得する。
 顔だけじゃなく、指や耳といったパーツも、ちょっとした時の表
情や仕草や姿勢、そして当然ながら体質もよく似ているとわかる。
 最近、母と話がしたいなあとよく思うようになった。
 今の私の年の頃、身体はどうだった?
 何を考えてた? 何に迷ってた? 何が嬉しかった? 何に腹を
立ててた?
 しかし、母はもういない。
 そのことを普段は忘れていても、ふとした拍子に実感する。
 すると、子供の頃に感じた、母のいない家に帰った時のあの妙に
ひんやりとした心許なさに包まれる。

「ねえ、首がすごく痛いんだけど、おかあさんはどうだった?」
「そうねえ、十日ぐらいしたらよくなるんじゃないの。私もそうだ
ったから」
 と、言われたら、きっと医者の言葉より安心できるように思う。

 この年になって、母が無性に恋しい。

●インフォメーション


 軽井沢は、七月に入ると、周りの別荘にたくさんの人が来て、賑やかになるそうです。
「夕方には、バーベキューのいい匂いが漂って来て、ついついこちらも今夜は焼肉にしようか、などと考えてしまいます。」と唯川さん。


 今月、待望の新刊『そろそろ最後の恋がしたい』(角川春樹事務所・文庫)が、発売されるそうです。
 女性誌の編集部に勤める28歳・桃子が主人公。初めての試みという日記形式の小説です。毎日の食事と体重の記録もあって、リアルだなあと思いました。(編集部記)

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