大和書房いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵 WEB限定連載

 

vol.10  ネット社会と恋との関係



 時折「ブログは持ってないの?」と、聞かれる。
 持っていない、と答える。
「じゃあ、ツイッターはしてないの?」
 していない、と答える。
 ついでに言えば、ミクシィやフェイスブックを含むSNS(と呼
ぶのを最近知った)にも入っていない。
 ただ、見たり読んだりするのは好きなので、朝パソコンを立ち上
げると、お気に入りのブログやツイッターを覗いて回っている。そ
れぞれに個性があり、笑ったり興味深かったり、とても面白い。
「どうして、利用しないの?」
 その問いにはこう答えている。
 システムを理解していないから。仕方がわからないから。もとも
とマメな方ではないから。
 と、理由を挙げているものの、結局のところはこうだ。
 自分が信用できないから──。

 もともと、ブログは「日記」であり、ツイッターは「つぶやき」
である。
 誰にも言えないことをこっそり綴るのが日記で、誰にも聞かれた
くないことをそっと口にするのがつぶやきだ。だから、誰に気兼ね
することなく、本音を綴れるし、思いを晒せる。
 そんな無防備の感覚のまま、もしネットに書き込んでしまったら
……。
 瞬く間に発信されて、顔も見たことのない、話したこともない誰
かに読まれることになる。
 それを想像しただけで怖くなる。

 以前、レストランに来た芸能人カップルをアルバイトの女の子が
ツイッターに載せて非難を浴びた。会社の内輪話を呟いて退職に追
い込まれたとか、前の夫の不倫相手の名を載せて大騒ぎになるとか、
単なる噂を鵜呑みして書き込んで炎上、なんてことも聞く。
 本人にしたら、悪気はなかったのだろうが、さりげない本音、何
気ない呟きが想像しなかった事態を招いてしまう。

 ネット社会がどれだけ進化しても、それは情報を発信する道具で
あり、その道具を使うのは人間である。道具である以上、使い方を
誤れば凶器にもなる。
 私がいちばん怖いのは、日記に綴るべきものをブログに、ひとり
で呟くべきことをツイッターに書き込んでしまうのではないかとい
う可能性だ。
 きっと、やってしまう。
 どこかの飲み屋で酔っ払って、いい気分になって、目の前に芸能
人カップルがいたりしたら、あのレストランの女の子同様「いま、
OOがOOと一緒に呑んでるなう」なんて、書き込んでしまうに違
いない。噂で聞いた「△△はとんでもない奴だ」なんていうのも、
きちんとした裏づけも取らないまま、勢いで発信してしまうかもし
れない。
 そういう過ちだけはおかしたくない。それによって、誰かに迷惑
をかけたり、傷つけたりすることだけは避けたい。
 だから、利用するのは、自分が信用できるようになってからにし
ようと思っている。

 さて、先日、知り合いの女性から恋話を聞かされた。
 彼女は四十代後半。学生時代に付き合っていた彼と復活したとい
うのである。
 聞くと、フェイスブックのおかげとか。
 フェイスブックを始めると、まず、かつての彼、彼女の名前を検
索するらしい。
 彼女もそうして、彼の名前を見つけ、コンタクトを取ったのだそ
うだ。
 そうか、最近ではそんな再会の仕方があるのか。街で偶然出会う、
や、何年かぶりの同窓会、なんて確率の低い可能性に賭けるなんて
誰もしやしないのか。
 とにもかくにも、彼女は二十五年ぶりぐらいで彼と連絡が取れ
「懐かしいね」から始まり「今度ごはんでも」という流れになって、
実際に会い、一気に再燃したというのである。
 人妻なのに──。
 なんて野暮なことを言うつもりはない。うまくやってね、と言う
だけだ。
 すでに互いに年をとり、大人になって、持つべきものを持ち、失
えないものが何かも知っている。これからの恋の方が、若い頃の、
青臭い自尊心と葛藤に振り回されていた時よりずっと楽しめるに違
いない。
 彼女の恋の行方を楽しみにしようと思う。

 かつて、私が若かった頃、恋愛の別れについてこんなことを書い
た記憶がある。
「きれいに別れようなんて思わない方がいい。あとになって、もっ
と追いすがっていれば彼の心を繋ぎ止められたかもしれない、とい
う後悔が残るから。みっともない自分を晒し、もう恥ずかしくて二
度と彼と会えない、というぐらいジタバタしてこそ、諦めがつくの
ではないか」
 彼女の場合はどうだったのだろう。
 それをやっていたら、そう簡単には連絡を取れなかったはずであ
る。
 恋は、瞬間を生きるものだ、と、あの頃は思っていた。
 けれども、どうもそうではないらしい。二十年後、三十年後に再
びチャンスが巡ってくる場合もある。
 長期的な発想を持てるなら、かっこよく別れた方が、復活愛の可
能性はぐっと高くなる。だから、申し訳ないけれど、あの時の発言
は撤回させてもらおうと思う。

「そんな悠長なこと、やってられません」
 と、呆れたように言ったのは、二十代の女性だ。
「大事なのは今。思い立ったら即行動。そのためにSNSはあるん
です」
 気になる人が現れたら、とにもかくにもSNSを駆使して、相手
との接触を図るのだそうだ。
「だって、気軽に近づけるし、文章とか読んでると相手の性格も見
えますから」
 電話やメールだと、個人的な意味合いが深くなり、どうしても相
手を構えさせてしまう。その点、SNSだと、周りに紛れて「たま
たま名前を発見したので」的なノリで近づける。
 そういう形を取れば、相手の反応が薄くても自尊心を傷つけられ
ることはないし、思っていたタイプと違っていたら、さっと身を退
けるというのである。
「時間を無駄に使いたくないんです。早く結論が出せれば、その分、
さっさと次のターゲットに取り掛かれますから」
 かつて、私が彼女の年の頃、心惹かれる相手が現れても、住所や
電話番号を聞く勇気がなくて、結局そのまま終わる、というのがほ
とんどだった。
 まあ、それがロマンチックな思い出になってくれたということも
ある。もし、あの人と連絡が取れたら私の人生は変わるかもしれな
い、今はそれが無理だとしても結ばれる運命にあるならばきっとど
こかでまた出会えるはず、などと、ああでもないこうでもないと、
埒もない思い巡らすのも、また確かに、ひとつの恋だった。
 けれど今や、それは単なる時間の無駄でしかないらしい。
 気になる人を、気になるままで終わらせるなんてもってのほか。
とりあえず、相手に近づけるコンテンツがさまざまにあるのだから、
それを利用しないでどうする。

 まったく、便利になったものだ。

 そして、こうも思う。
 まったく、味気なくなったものだ。

●インフォメーション


唯川さんから届いた近況です。
「9月に入って、朝晩、ぐっと冷え込むようになりました。
 すでに、カエデや山桜の葉先が色づき始め、いたるところでトンボがつがいになって飛んでいます。今年も夏が終わったなぁ、と、しみじみ思います。
 別荘客や観光客の姿も消えて、少し寂しいけれど、軽井沢の町は本来の姿に戻りました。
 さあ、そろそろ冬の準備を始めなければ。
 薪の調達。床暖房の不凍液の補充。電気ストーブとコタツの用意――。
 本当は面倒臭い。でも、それで済ませられない。それくらい、こちらの冬は厳しいです。」

東京はまだまだ残暑が残るのに「薪や床暖房の不凍液」の準備とは。でも軽井沢だとロマンチックに聞こえますね。

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