大和書房いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵 WEB限定連載

 

vol.13  プロの技



 私の住む軽井沢は、厳冬期、マイナス20℃になる朝もある。
 二重サッシとブラインドだけではやはり寒く、防寒対策として厚
めのカーテンを設置することにした。
 私の仕事部屋と、居間のテラス側の窓である。
 測ってみると、窓が規格外のサイズで、既製品では間に合わない
とわかった。それでとりあえず業者さんに見積もってもらったのだ
が、これが予想外に高い。カーテンってこんなに高いのか、と、び
っくりした。
 根が貧乏性の私。
 考えた末、自分で作ろうと思い立った。
 押入れの奥に、東京に住んでいた時に使っていたカーテンがある。
引っ越す時、捨てるのがもったいなくて、こちらに持って来たのだ。
幅と長さを調整し、切ったりミシンで縫ったりして、何とか私の部
屋のカーテンを作り上げた。
 しかし、これがひどい出来だった。想像はしていたけれど、つぎ
はぎのカーテンはものすごくビンボー臭い。
 私の部屋は、私しか入らないからよしとしよう。けれども、お客
様を通す居間はやはり業者に頼むしかないだろう、と、ようやく決
心がついた。
 一週間後、出来上がったカーテンを見て、ため息が出た。完璧だ。
ドレープは美しく、レールは流れるように引ける。何より、部屋に
どことなく高級感が漂っている。
 それなりの値段はしたけれど、やっぱりプロに頼んでよかった、
とつくづく思った。

 プロと言えば、少し前から、二週間に一度、お掃除を頼んでいる。
 最初は、贅沢なのではないか、家の中に他人が入るなんて、など
と抵抗もあったのだけれど、一回やってもらって、あまりにきれい
になったので、躊躇はすっぱり吹っ切れた。
 トイレの黒い輪もない。お風呂のカビもない。洗面台の鏡も、キ
ッチンのシンク周りもぴかぴかだ。さすがプロ、と納得した。
 何より、たまった新聞や雑誌を持って行ってもらえるので助かっ
ている。仕事柄のせいで、二人暮らしとは思えないほどの量があり、
いつもそれをまとめるたび、手を荒らしたり切ったりしていた。運
んでいる時、あまりの重さにぎっくり腰になったこともある。資源
ゴミの日が近づくと、いつも憂鬱になっていた。それがなくなった
だけでも、気持ちは軽い。
 お掃除に来てもらう前に、ちょっと掃除をしておく、という面倒
はあるけれど、それは私のみみっちい見栄の問題である。

 もうひとつ、プロに頼っていることがある。
 行きつけの食事処である。
 恥ずかしながら、うちは外食が多い。朝から晩まで、在宅の仕事
なので、夕食ぐらいは外に出てゆっくり寛ぎたいという思いがある。
(単に料理下手で横着しているだけでしょ、と言われたら返す言葉
もないのだけれど……)
 それでも敢えて言わせてもらうけれど、中年を過ぎたふたり分で
は、どうしても無駄が出てしまう。量は少しで種類は多く、短時間
で効率よく、なんて技量は私にはとてもない。
 冷蔵庫を開いて、食べきれずに残った食材を見ながら、栄養のバ
ランス云々よりも「ああ、これを何とかせねば」の思いばかりで作
ってしまう。パターンもだいたい決まってしまう。
 行きつけの店は、大皿に盛り付けられたおばんざい料理から選ぶ
方式だ。かぼちゃの煮たのや、ほうれん草のサラダや、きんぴらや、
きのこのてんぷら、などなど、季節ごとにメニューも変わり、それ
らを少しずついただく。
 身体が魚を欲したら、これも頼りにしているお鮨屋さんに行く。
新鮮な旬の魚を、生で、煮て、焼いて、あれこれと食べることがで
きる。
 当然だけれど、プロが作ればおいしい。
 これも言い訳がましいが、野菜にしても魚にしても、下手な私の
手にかかって料理されるより、ずっと嬉しいのではないか、と思っ
ている。

 最近、プロに任せられることがあるなら、思い切って任せてしま
おう、という気持ちが強くなっている。
 いろんな考え方はあるだろうけれど、この年になったからこそ、
プロに任せた方が心も身体もほっとする、ということがわかるよう
になった。
 当然、対価はあるわけで、そのためにも、さあ私もプロとしてち
ゃんと仕事をしなければ、と思っている。

 最後に、さすがプロ、と、唸ってしまった事件をひとつ。

 もう、十五年ほど前になるだろうか。東京のマンションでひとり
暮らしをしていた時の話だ。
 夜遅く戻って来ると、玄関の鍵が開いていた。呑気にも「あれ、
かけ忘れたかな」と思いながら、部屋に入った。
 部屋に何も変化はなかった。出た時と同じだった。ただ、壁際に
置いてある棚の引き出しが2センチほど出ていた。違和感を覚えて、
引き出しを開けた。そこには、千円札や五千円札が五万円ほど入っ
た封筒が入れてあった。それが、ない。
 えっ、と思った。そこで初めて、これは空き巣ではないかと気が
付いた。慌てて寝室に行ってみたが、そこもまったく荒らされてい
ない。ただ、クローゼットのドアを開けると、その頃、意味もなく
持っていたブランドのバッグがなくなっていた。アクセサリーに毛
の生えたような代物だが、リングやネックレスも消えていた。さす
がに慌てた。
 仕事部屋を覗くと、こちらもきれいなままだ。ただ、机の上に、
五千円札が一枚、置かれてあった。
 私はぼんやりと、それを見下ろした。
 これは何……。
 意味がわからないまま、生まれて初めて110番に電話した。

 プロの仕事ですね、と、駆けつけてくれたまだ若い警察官が言っ
た。どうやらその日、近所で五、六件の空き巣被害があったらしい。
 以前、知り合いが空き巣に入られた時、家の中をめちゃくちゃに
されたと言っていた。足の踏み場もない、というのはこのことだ、
と、肩を落としていた。空き巣とはそういうものだろうと思ってい
た。
 けれども、うちの場合はまったく違う。荒らされたという形跡は
ほぼ皆無だ。ものすごく酔っ払っていたら、そのまま寝てしまって
いたかもしれない。
 本当のプロは、こんなにきれい(?)な仕事をするのだと、妙に
感心してしまった。
 盗まれた口惜しさはあったが、私はどこかでホッとしていた。本
物のプロでよかったと思っていた。
 ただ、警察官からは「鍵が開いていたら、絶対に部屋に入っては
いけない。待ち伏せている場合もある。居直り強盗に豹変する可能
性もある」と言われ、その時はさすがに怖くなった。
 だから、もし、そのようなことがあったら、みなさん、絶対に部
屋の中には入らないように。

 それにしても、あの五千円札にはどういう意味があったのだろう。
 まったくお金がなくなったら可哀想だと思ったのだろうか。プロ
としてのルールなのだろうか、美学なのだろうか。
 ちなみに、その五千円札は、今も、壁にピンで貼り付けてある。
 新渡戸稲造が「戸締りは慎重に、厳重に」と、警告してくれてい
る。

<唯川さんの近況>


 宇都宮の講演に行って来たそうです。
「餃子もおいしかったけれど、日本酒も素晴らしかった。大吟醸「惣誉」「四季桜」。県内で呑まれてしまうので、なかなか外にはでないとのこと。今度、取り寄せてみようと思っています。」
 日本酒、おいしそうですね!

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