大和書房いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵 WEB限定連載

 

vol.17  逞しい春の生き物たち



 軽井沢の春は遅い。

 春らしくなるのはゴールデンウィークを過ぎた頃からだろうか。
 半年あまりの間、すっかり葉を落とし、枯れ木のようにしか見え
なかった木々が、勢いよく芽吹き出す。雪と氷が融けた地面から、
もくもくと草たちが顔をのぞかせる。
 標高千メートルのこの地に、残念ながらソメイヨシノはないが、
コブシや山桜、枝垂れ桜がいっせいに花開くのは見応えがあり、日
なたに咲く可憐な桜草やスミレの姿は何とも愛らしい。

 十年前、この地に移住して来た年、小さな鉢植えをいただいた。
 福寿草が二株、植わっていた。
 花が終わった後、どうすればいいのかわからず、とりあえず庭に
植えておいた。適当に植えたので、最後まで雪が残るような悪条件
の場所だった。
 それでも、翌年、福寿草は芽を出し、花をつけた。
 植えたことすら忘れていたので、黄色い楚々とした花を見つけた
時はびっくりした。
 こんなところで、よくまあ……。
 それからも毎年、花を咲かせてくれている。
 肥料をやるわけでもなく、日当たりもよいとはいえないのに、な
んと逞しいのだろう。

 実は、二年前から、うちのテラスにしょっちゅう猫が現れるよう
になった。
 それまでは犬がいたので、森の中に姿を見掛けることはあっても、
決して家に近寄ろうとはしなかった。
 犬がいなくなって安心したのだろう。テラスの日当たりがいいの
と、庭の石に水が溜まるようになっているので便利なのかもしれな
い。十匹ばかりが、入れ替わり立ち代わりやってくる。
 もちろん、飼い猫ではない。
 しかし、野良猫というわけでもない。

 彼らは、野生猫だ。

 先祖代々、強風が吹けばマイナス20℃にもなるような極寒の冬
を生き抜いて来た彼らは、見た目は飼い猫たちと何ら変わりないが、
その身のこなしと目付きは、まさに野性の佇まいをしている。

 それでも、姿は本当に愛らしい。
 それでつい、唇を鳴らして呼び止めてみるのだが、猫は足を止め
て振り返るものの、当然ながら「フン、あんた誰? 馴れ馴れしく
声なんかかけないでよ」みたいな顔つきで、冷たく去って行く。
 友好な関係を結ぶのはとても無理そうだ。

 あれはいつだったか、テラスに白と黒のぶち模様の猫がやって来
た。
 馴染みの猫である。くっきりしたアイラインに囲まれた、形のよ
い目を持つかなりの美猫である。
 猫は背中を丸めて、日向ぼっこをしていた。
 可愛いなぁ、と、私はパソコンを打つ指を止めて、仕事場の窓か
らぼんやり眺めていた。
 猫という生き物は、存在そのものが人の心をほっこりさせる不思
議な力を持っている。
 私も、その美しい曲線をした背中を見ながら頬を緩めていた。
 視線を感じたのか、ふと、猫がこちらを振り返った。
 そのとたん、私は、ぎゃっ、と叫んでいた。
 その口から出ている塊……。

 あれは、モグラではないか。

 うちの庭にはよくモグラも出没する。
 地面がもこもこ動くので、モグラが移動しているのが肉眼でわかる。
 猫が基本的に肉食動物であるのは知っていたが、まさかモグラを
食べるとは思ってもいなかった。それも、かなり大きいモグラだ。
 凍り付いている私を尻目に、猫はモグラを咥えたまま、悠々と去
って行った。
 あの可愛い猫が……。
 いやいや、それが自然というものなのだろう。
 彼らはずっとそうやって、この地で生き抜いて来たのである。

 軽々と、私の背丈ぐらいジャンプして、野鳥を獲るのも見た。
(あとで見に行くと、鳥の羽だけが残っていた)
 カマドウマをバリバリ食べるのも見た。(昆虫も大切な蛋白源な
のだろうが、かなり気持ち悪い)
 ヘビと戦っていた。(じゃれていたのかもしれないが、その姿は
サバンナに暮らすライオンやヒョウとそっくりだった)

 まったく逞しい。

 当然だけれど、もし私が自然の中に放り出されたら、生きてゆく
術はない。
 水の調達も、食料の確保も、安全な寝床も手に入れることはでき
ないだろう。
「いざという時」を考えなくてはならない今、だからこそ、さまざ
まなものを備蓄しておかなければと思う。
 けれども「もの」だけでは足りないこともあるはずだ。
 自分に必要なのは逞しさではないか。
 生きるための逞しさ。
 私はここで、植物に、動物に、それを教えてもらっているような
気がする。

<インフォメーション>


 唯川さんの新刊が今月2冊出るそうです。

 全く傾向が違う2冊の本、読み比べるのもおもしろそうですね。

 以下、唯川さんからのメッセージです。


 *


「新刊が出ます。

『手のひらの砂漠』集英社。

 DV夫から逃れて、新しい人生を始めたものの、再び夫が現れて……という、傾向で言えばサスペンスでしょうか。

 もう一冊『セシルのもくろみ』光文社文庫。

 こちらはまったくタイプが違い、読者モデルとなった主人公が、華やかな業界の中で、戦いながらポジションを得てゆく話です。

 よかったら、手にとってみてください。」

                (編集部)

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