大和書房いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵 WEB限定連載

 

vol.18  人生の1/3は夢でできている



 子供の頃から朝が苦手だった。
 目覚まし時計なんて何の役にも立たず、母に何度も起こされて、
やっと目が覚めるという具合だった。
 いつもぎりぎりまで寝ているので、迎えに来てくれる近所の友達
を待たせるのが常だった。呆れた母が恐縮しながら、その子に「あ
なたが遅刻するからもう迎えに来なくていいのよ」と、言っていた。
 その頃、母によく「どうしてちゃんと起こしてくれないの」と、
抗議したが、逆に母から「自分で起きようとしない限り起きられな
い。もう知らない」と、宣言されてしまった。
 私だって好きで寝坊をするわけではない。起きたい気持ちはある。
けれども、眠っている間は、自分の意思なんてないのと同じだから、
起きたい気持ちはあっても起きられないのだ、と、反論したが、も
ちろん母には通じなかった。
 社会人になってからも大して変わりなく、情けなくも、化粧もし
ないで出社するのもたびたびだった。

 だから、小説家になって嬉しかったのは、朝、決まった時間に起
きる必要がない、ということだ。
 夜型生活というのが小説家の代名詞のように思い込んでいたので、
早速、昼夜逆転の生活に変えた。
 けれども、それはしばらくの間で、すぐに元に戻ってしまった。
 戻った理由はいろいろある。「日中に寝ていると宅配便や郵便、
その他のピンポンが頻繁にあるのでうかうか寝ていられない」「銀
行や郵便局、役場の閉店時間に間に合わない」「夜に呑むとまった
く仕事ができなくなる」「どういうわけかやけに一日が短く感じる」
などあって、結局、普通の時間帯に仕事をするのがいちばん効率が
いいとわかったからだ。
 今の私は完全に昼型、いや、朝型人間となっている。

 さて、眠るのにもエネルギーがいるという。
 私もそれがわかるようになった。
 あんなに睡眠を貪っていたのに、今は夜中に二度は目が覚める。
そのまま二時間も三時間も、時には朝まで眠れないこともある。
 いつの間にか、目覚まし時計も不要になってしまった。鳴る前に
起きてしまうからだ。
 私の周りには不眠を訴える人が少なくなく、その状況が心身にど
れほど影響を与えるかもわかっている。けれども、私はあまり神経
質にならないようにしている。考え過ぎると、ますます眠れなくな
ってしまいそうな気がする。目が冴えてしまったら、DVDでも観
よう、と、今のところは楽観的に受け止めている。

 ただ、残念なことがひとつ。
 眠らなければ夢を見られない、ということだ。
 それが口惜しい。
 以前、夢を見ない、という人に出会った。
 そんな人がいるのかとびっくりした。
 夢を見るのを楽しみとしている私からすれば、人生の1/3の楽
しみを味わっていないように思えてならない。

 子供の頃、いつも夢に出てくる、馴染みの登場人物がいた。
 片足の髭男だ。たぶん『宝島』に登場する悪役、ジョン・シルバ
ーの印象が残っていたのだと思う。
 どういうわけか、私はジョンに追いかけられている。必死で逃げ、
木陰や納屋の隅に身を隠す。怖くて怖くてたまらない。
 目が覚めると、大抵、熱を出していた。子供だった私はジョンの
せいで熱が出るように思っていたが、もちろんそうではなく、熱が
出るような体調の時の、いわば象徴的な存在だったのだろう。
 大人になるに従って、ジョンは現れなくなった。けれど、二十代
半ばぐらいに久しぶりにジョンが現れた。私はすでに、これは夢だ
という意識があった。だから、逃げることなく面と向かって言った。
「わかってる、私、熱が出てるんでしょう?」。ジョンはこう返答
したように思う。「おまえも大人になったんだな」。あの夜以来、
ジョンとは会っていない。

 夢はさまざまにある。
 楽しいのも、怖いのも、腹立たしいのも、摩訶不思議なのも、セ
クシーなものもある。吉夢だけではない。悪夢にもうなされる。
 フロイトやユングの分析によると、夢というのはすべて性的な意
味に繋がっているらしい。
 となると、こういう夢を見た、と告白するのは、自分の性的な部
分を露呈するのと同じではないかと思ってしまう。
 実は、それでなかなか言えなかったのだけれど――今日は言って
しまおう。
 私は時々、自分が裸でいる夢を見る。なぜかわからないのだけれ
ど、私だけが何も着ていない。素っ裸なのだ。
 もしかしたら、心の奥に露出狂願望があるのだろうか。
 そんなふうに考えたこともある。けれど、別の説も知った。
「裸でいるのは、今、窮屈な思いをしている。現状から自分を解放
したいという思いがあるから」というものだ。
 もうひとつ、トイレの夢がある。必死にトイレを探しているのだ
けれど、どのトイレも壊れていたり、外から丸見えだったりして使
えない。
 ハッと目が覚めても、別にトイレに行きたいわけではない。いっ
たい、これは何を意味しているのだろう……。
「やらなければならないことを抱えている。焦りの気持ちがある」
 ああ、なるほど。
 そのふたつの説に私は納得している。
 というのも、これらの夢を見る時は、ほとんどが締切り間際だか
らだ。
 もちろんいろんな説があるだろう。私がいいように解釈している
だけで、心の奥にはもっとどろどろしたものがあり、それが夢とな
って現れているのかもしれない。
 もちろん、それならそれもいい。自分のそういう部分が、創作の
肥やしにもなってくれるのだから、と、思っておくことにしよう。

 ここにふたりの女性がいる。
 ひとりは、仕事は順調、恋人にも恵まれ、満足する毎日を送って
いる。けれども、どういうわけか毎夜悪夢にうなされる。眠るのが
恐くなるが、眠らないわけにはいかない。毎朝、疲れ果てて目が覚
める。
 もうひとりは、仕事は不調で、恋人もなく、孤独な日々を送って
いる。けれども、いつも夢では最高の幸せを味わえる。だから、眠
るのが楽しくてならない。前日どんなにイヤなことがあっても、目
覚めは爽快だ。

 どちらが幸せだろう。

 もちろん、現実が満足できる方。

 どこかに、そうとばかりは言えない私もいる。


<インフォメーション>


 唯川さんより下記のようなメッセージが届きました。


「先日、浅間山に登って来ました。

 頂上に立てたのは久しぶりです。

 行程六時間半。辛かったけど楽しかった。その後の呑み会はテンション上がりっぱなしでした。


 毎年、ゴールデンウィークは大混雑します。いつもなら五分で行ける場所も三十分かかったりします。だからその間は、家でひっそり暮らしています。静かになったら、アウトレットでも覗いてみようと思っています。」


 六時間半の行程!聞いただけですごそうです。

 そのぶん山頂からの景色は美しいのかも。一度体験してみたいですが、まずは体力づくりから! 編集部記

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