大和書房いつまでもたどりつかない日記〜小説家は3度嘘をつく 唯川 恵 WEB限定連載

 

vol.23  大人というもの



 年齢を尋ねられるのを、極端に嫌う人もいるようだが、私はあま
りこだわらないようにしている。
 もちろん、相手によりけりで、会っていきなり「いくつ?」と来
られると、ムッとする時もあるが、基本的には答える。
 というのも、答えなければ、年齢に対して妙な葛藤を持っている
のでは、と、勘ぐられそうで、却って面倒くさいからだ。

 人によっては答え方もさまざまで、あっさり答える人もいれば
「干支は○○」や「女優の○○と同い年」と、軽くはぐらかしたり、
「長嶋が引退した年に生まれた」「中学一年の時、大阪万博があっ
た」などというバリエーションもある。
 答え方によって、相手の性格が垣間見られるようで、ちょっと面
白い。

 そういう答えの中に、これもある。
「いくつに見える?」
 この場合、年齢の話のきっかけを作ったのは、大概、相手である。
何と言っても「えーっ、そうは見えません」という結論ありきのや
り取りだから、いったい幾つと答えれば丸く収まるか、対応に関し
てものすごくプレッシャーがかかる。
 私も何度か経験している。
 失礼があってはいけない。期待を裏切ってはいけない。想像した
より、五歳ほど引いて答え、相手の顔がほころぶのを見て、心底ホ
ッとする。
 そのストレスを十分わかっているので、年齢を聞かれた時、この
逆質問だけはしないでおこうと心に決めている。

 さて、数年前の話だけれど、あるホテルのラウンジで、女性七、
八人で呑んでいた。
 話が盛り上がり、テンションも上がり、お喋りに夢中になってい
ると、店の人がやって来て「お客様、もう少しお静かに願います」
と言われた。
 周りの状況がまったく目に入らないくらい、お喋りに夢中になっ
ていた自分が恥ずかしい。若い頃、電車の中やレストランで大声で
話しているおばさんたちを見て、あんなふうにだけはなりたくない、
と思っていたのに、そうなっていた自分が恥ずかしい。

 年をとるだけでは、大人にはなれない。

 最近、集まりの中で私がいちばん年長であることが多くなった。
 先日も、仕事がらみで出会った女性がいたのだが、みな、私の娘
くらいの年代だった。
 呑んで喋っているうちに、ふと、彼女たちの前で「物わかりのい
い大人」になろうとしている自分に気づいて、ハッとした。
 年齢なんか関係なく、気さくで大らかで、懐が深く、話のわかる、
大人の女──。
 そんな私がどこにいる。
 いたたまれなくなった。

 会社勤めをしていた頃の、ふたりの女性先輩を思い出してしまう。
 Aさんはとにかく怖かった。仕事はもちろん、服装や言葉遣いに
もうるさかった。Aさんを前にするとひどく緊張した。同僚たちと
よく、給湯室やロッカーで、Aさんの愚痴を言い合った。
 もうひとりのBさんは気さくな人だった。大抵のことは大目に見
てくれた。話しやすいし、頼みやすい。退社後、一緒に買い物やご
飯にも行った。
 けれども、私を含め、同僚たちの信頼を得ていたのはAさんの方
だった。苦手ではあっても、誰もがその存在を認めていた。
 Bさんとは、表面上は和気藹々としていたが、後輩に話を合わせ
ている姿を見ていると、時々、鬱陶しさに似た感覚がちらりと胸を
かすめた。

 言うべきことはきちんと言う。無理していい人に見られようとし
ない。時に、悪役も引き受けられる。
 そう、きっとそれが大人というものなのだろう。

 でも。

 以前、漫画家の伊藤理佐さんが書いていらしたが、私も似たよう
な経験がある。
 ある日、地下鉄に乗っていたら、シルバーシートに若い女性が座
っていた。バッグを胸に抱え、うつらうつら居眠りをしている。
 その前に、初老の男性が立ち「ちょっと君」と、声を掛けた。
「ここはシルバーシートだろう」
「あ、すみません」
 若い女性は慌てて立ち上がった。
 わかっていても、なかなか言えるものではない。その初老の男性
の言い分はもっともだし、ある意味、勇気があると思った。
 けれども、それで終わらなかった。
 謝る彼女に、その男性は言った。
「別に僕は席を譲って欲しくて言ったわけじゃない。君のような常
識知らずの若者を黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ」
 声に厳しさが含まれていた。
 若い女性はうなだれて、また「すみません」と、謝った。
 それからも男性の小言は続いた。親の教育とか、傍若無人などと
いう単語が耳に届いた。
 周りは重苦しい雰囲気に包まれた。不快な気持ちになったのは、
私だけではなかったはずである。
 たまたまシルバーシートと気づかなかっただけかもしれないでは
ないか。それくらい疲れていたのかもしれないではないか。注意し
て、すぐ席を立ったのだから、どうしてそこまで責める必要がある。
私には、正義を振りかざして弱い者いじめをしているとしか思えな
かった。
 駅に到着して、女性はまた「すみません」と謝って降りて行った。
男性は席に座った。その表情は誇らしさに満ちていた。

 この初老の男性は、十分に大人の年代である。
 でも、私には、それに似た、それでいてまったく違う場所に辿り
着いた人、に見えた。

 けれども、何を書こうと、その初老の男性にどう対応していいの
かわからず、電車を降りてゆく若い女性の背を黙って見ていただけ
の私が、いちばん情けない大人である。

 年をとるのは簡単だ。
 でも、大人になるのは難しい。
 私は、いつか、本当の大人になれるのだろうか。


<軽井沢の唯川さんから――

「刻々と、秋が深まっています。

 動物も昆虫も植物も、冬に向けての準備を着々と進めています。

 その様子は、健気、という言葉がぴったり当て嵌まり、ちょっと感動的でもあります。」

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